35 山本文緒 新潮社
「そして私は一人になった」以来の山本文緒。「自転しながら公転する」がすごくよかったのに、そう思っていたら、山本文緒さんは亡くなってしまったのでびっくりした、と前にも書いたっけ。この本は、作者の山本さんの病気が発覚して余命宣告を受けてから亡くなるまでの日記だ。本当に山本さんらしい素直で正直な日記なので泣けてくる。
当時「100日後に死ぬワニ」という漫画がネット上で流行っていたんだっけ。余命四ヶ月を宣告されて泣きながらも、「120日後に死ぬフミオ」をネット上で連載したらバズるかな、なんてどこかで考えているのが返ってリアルだ。
当時、彼女は夫と二人で軽井沢に暮らしていて、東京のワンルームマンションで仕事をしたりもしていた。東京の部屋を引き払って(と言っても自分じゃできなくて、夫にやってもらって)軽井沢で夫と二人で残された時間を過ごすのが、まるで無人島のふたりのようだと感じたという。もう少ししたら自分一人が無人島に残って、夫は本島に帰ってしまうのだな、なんて考えたりもする。
何度も泣いたり、喚いたりしていたけれど、症状が進むと、それもなくなって、事務的な引継ぎ作業も冷静に行って、その合間に会いたい人、お別れを言いたい人たちにも会って、捨てる物を捨て、痛みや苦しみをできるだけ排除して、でも排除しきれないこともたくさんあって、そんな中で彼女は現状を正直に書いていく。作家だなあ、と思うし、書くことは、確かに何かの支えになるのだと改めて思う。
あと四か月だと思うと、欲しいものなんてどんどんなくなって、もう宝石でもバッグでも好きなだけ買ってもいいのだけれど、そんなものを持っていても出かけていくこともできないし、今日はただスーパーに売っているようなお茶がおいしければそれでいい、と感じると書いてある。
誰だってある日、突然最期を迎えるかもしれないのだから、そう思うと、宝石もバッグもどうでもよくて、日々を楽しくおいしくうれしく過ごすのが一番だと思う。私は本当に、この頃特に、そう思う。そうなんだよ、と彼女がこの本でそれを再確認させてくれる。
最後まで、彼女は頑張って書いた。最後の方は読むのがつらかった。でも、こんな風に、最後の時は私にも来る、あなたにも来る。いつか私も同じところに立つのだと思いながら読んだ。私は、無人島にはできるだけ夫と二人で長く暮らしたいなあ。