燕は戻ってこない

燕は戻ってこない

143 桐野夏生 集英社

どんな内容なのか全く知らずに、桐野夏生だというだけで借りてしまった。代理母の話だったのね。

代理出産に関しては、海堂尊の「ジーン・ワルツ」「マドンナ・ヴェルデ」を読んだことがある。そして、どっちもあまり共感できない内容だった。妊娠出産にまつわる妊婦の生活感や体感が嘘くさくて本当のこととは思えなかったからだ。その点、この作品のほうがはるかにリアリティがある。海堂さんの「ジーン」や「マドンナ」が、物語に必要な要素をすべて集めて形を整えて並べて思惑通りに動かして見せたとしたら、桐野さんの「燕」は、思いがけない出来事にうろたえたり、おなかの中でぐにゃぐにゃと蠢く胎児を実感しながらとまどい、予定外の行動を選択していく感じがあって、リアリティがある。全然違うよなー、と思う。

北海道の片田舎で生まれた、何の資産も持たない家の娘が必死に二百万円を貯めて東京に出たものの、結局は貧困に追い詰められる。バレエの才能を持った四十を過ぎた男が、自分の血を継いだ子どもを欲しいと熱望するが、妻は不妊治療をかさねても妊娠できない。男の精子をもらって妊娠、出産すれば大金が手に入ると言われて悩む女性。依頼する男、不妊の妻、男ぎらいだというその友人、男の実母。それぞれが自分の立場から子どもを持つということに向き合う。

途中で、これは困った展開ですよ、と思ったら、想像とはまた違った方向に物語が進んだ。終わり方も、思ったのとは全然違った。そうか、そう来たか。なるほどねー。

子どもを産むということは、全然簡単なことじゃない、と言いたい。みんな知ってるだろうけれどさ。子どもを育てるということは、本当に重く、大事な意味のある、価値のある、そしてある種恐ろしいことでもある。私は自分がそれにふさわしいだろうかと何度も考えたが、答えは出なかった。けれど、二人子どもを産んだことは絶対に幸せだったと思っている。思っているけれど、それは、私が幸運だったからかもしれない。

社会の経済的格差や、女性差別、個として人がどう生きていくか、などなど重いテーマをはらんだ小説だ。登場人物が、これからどうやって生きていくのかな、と読み終えてあれこれ想像してしまった。みんな幸せだといいなあ。