異形の将軍

「異形の将軍」津本 陽

面白かったです。田中角栄と言う人は、やはり、一筋縄では行かない。一言で言い表すことなんて絶対できっこない人物です。巨悪であり、鋭い頭脳と知識を持った政治家であり、人の良いちょっと気弱なおっちゃんであり、人情味あふれる好人物であり。簡単に評価を下すことなんてできません。学歴と血筋を持たない彼が、ここまでのし上がるために様々なことをやってきた、としても、それが悪いことだったとは、彼はこれっぽっちも思っていなかったでしょう。一方では、血筋と学歴に守られて、彼を見下し、蹴落としていった人物だっているわけです。

あれだけ巨額のお金をばら撒いて金権政治を作り上げたことは、彼の罪でしょう。ですが、政治って、本当にドロドロした世界です。彼だけではない。と言うのは、何のいいわけにもなりませんが、田中角栄に押し付けることで、何人もの政治家が生き延び、いまもその流れが脈々と続いていることを、忘れてはならないと思うのです。

それにしても、クリーンな政治、って針の穴を通るらくだ、手のひらにのる象、と同意語なんでしょうか。ありえないのでしょうか。

田中角栄を知ることは日本の政治の歴史を知ることでもある。そこから始まったものは、いまも続いている。高校で、田中角栄史を教えてもいいんじゃないかとさえ、思います。

角栄は、目前にある現実的、具体的な問題に対する対処は実に的確ですばやかったそうです。その反面、長期的展望に立つべき抽象的問題への興味はたいへん薄く、また、対応も鈍かったといわれます。これは、彼が経験からいろいろなことを学び取ってきたのであって、学問的に抽象的思考を発展させる方法を学んでこなかったからなのでしょうか。彼を破滅させたのも、結局はそういう部分だったように思います。

学問って何なんだろう、学歴って何なんだろう、と思うわけです、私は。自分もとりあえず大学を出たし、高二の息子も、学問を志して大学を目指している。小三の娘にも、ちゃんと勉強しなさいといい聞かせます。勉強することは人生を豊かにすることだと私は思っています。世の中が、少しずつ自分のものになる、そういうものだと思っています。ですが、勉強は、大学だけでしかできないものではない。学歴がなくても、本当に深い思考を重ねることができる尊敬すべき人に、私は何人も出会ってきました。

角栄という人は、現実社会の中でもまれながら、政治家としての力量を磨いていった。官僚に全てをまかせっきりの学歴ある代議士なんかよりずっと勉強家で実務家で、知識も豊富で、理解も深かったそうです。けれど、一方では、抽象的問題を思考する力には欠けていました。抽象的思考を広げて、長期的な展望を立てるような学問は、やっぱり書物やよき教授や討論などを通じて培われていくものなのかもしれません。いや、現実社会の中でも、培うことはできるとしても。それをより効率的に学ぶのが、たとえば大学と言う場所なのかもしれません。

ですが、その一方で、抽象的な学問に囚われすぎて、それこそがすべてである、あるいは、それこそが価値あるものだと思い込んでしまう「学問をする人たち」が世の中にはたくさんいるとも感じています。現実を生きる、様々な感情を抱えた人々と、まるで遠くはなれたところで抽象的論議を重ねる「学問に長けた人々」に、ある種のむなしさも、私は感じてしまうのです。とりあえず浪花節的に、目の前の人を喜ばせる方策を考えた角栄が正しいとは思わないとしても。

現実に根を下ろしつつ、抽象的な思考を深めていくような学問のあり方、政治のあり方。そういうものをわたしは想像し、はああ・・とため息をついたのでした、この本を読んで。

2007/5/1