65 井戸川射子 講談社
何かの書評で薦められたのだと思う。初めましての芥川賞作家。薄い本なのに、読み通すのは難儀であった。平易な言葉しか使われていないのに、なぜだろう、するするとは読めない。基本、母と娘それぞれのモノローグなので、本人の感情まで立ち入り、降りて行かないと理解できない感じ。文学ってそういうものなのか?よくわからない。
父のいない女の子が兄と町で男の人に会うたび、父ではないかと顔を見てしまう話から始まる。兄は崖から落ち、女の子は兄の同級生と恋をして妊娠し、逃げられる。父を持たない娘が今度は語り始める。阪神大震災があり、出奔した母の兄が祖母から金をもらっているのを知り、そして自分も結婚し、また子供を産む。そして東日本大震災。
震災の悲惨さが大きな部分を占めるのだけれど、悲惨な状況が描かれるというよりは、その時の心象風景が中心となっている。空虚で心が麻痺した感覚。長くお風呂に入れず、借りたホテルの一室で水がお湯になってあふれる現実に驚くシーンがやけにリアルだ。
人は心の中では本当に野放図でとりとめがなくて、いろいろな記憶を交じり合わせて不思議な風景を作り出す。それを言葉にして他者に伝えるのは難しい。なぜなら、一つの言葉の背景にある様々な経験のすべてを言い尽くすことができないから。
この小説は、それを何とかやろうとしているのかもしれない。
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