18 川内有緒 集英社
「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」以来の川内有緒である。開高健ノンフィクション賞受賞作品。夫が読みながら非常に面白がっていたので、回してもらった。なるほど、とても面白かった。
福島県いわき市の、やたらと営業成績を上げるのが上手な実業家のおっちゃん、志賀忠重と、世界的に認められた中国出身の現代美術家、蔡國強。1980年代にいわきで出会ったこの二人が手を組んで、様々な作品が生まれた。志賀忠重はその一方で、北極探検家の大場満郎を支え、応援もした。
東日本大震災のあとで、志賀は蔡國強のアイディアをもとに、いわきに、子どもたちの絵画を展示する回廊美術館を作り上げた。そして、九万九千本の桜を山に植えるいわき万本桜プロジェクトを始める。その数の桜を植え切るのはおそらく二百五十年後になる。今はまだ人が来なくてもいい。観光客が来るようになるのは三十年後くらいでいいという。死ぬまでに完成をその目で見なくていいのかという問いに、彼は、今は自分が生きている間にどうやって二百五十年も続く活動の基礎を作れるかがポイントだと答える。
「だってこれは時運の精神を穏やかにするものであって、お客さんに来てもらうためのものではないんだ。”怒り”を沈めていくものなんだ」
「プルトニウム(放射性物質)の半減期は二万四〇〇〇年。一回ちょっとミスすれば、二万四〇〇〇年も(回復に)かかるんだ。ね、よく考えれば、二五〇年は短いよね!」
(引用は「空をゆく巨人」より)
桜の植樹に最初はあまり賛成していなかった蔡國強は、2015年、日本では七年ぶりの大規模な個展を横浜美術館で開いた。グランドギャラリーに飾られた新作は大輪の桜、タイトルは「夜桜」であった。二人は今も手を組み、新しい作品を目指し続けている。
良いノンフィクションだった。いわきの桜を見に行きたくなった。私も二百五十年は生きていられないけれど。一本でいいから、桜を植えに行きたい、と思った。