第二の不可能を追え!理論物理学者、ありえない物質を求めてカムチャッカへ

第二の不可能を追え!理論物理学者、ありえない物質を求めてカムチャッカへ

2021年9月20日

73 ポール・J・スタインハート みすず書房

9月12日以来だわ。なんと長くかかったことだろう。そもそも、このご時世で気分が優れず、本がなかなか読めない、というのもあったけれど、この本の歯ごたえが尋常ではない、というのもあった。何しろ理論物理学者の論文を書くための話だからねえ。私の如き軟弱文系おばさんが読み切るには果てしなく時間もかかるわけだわ。

カルフォルニア工科大学のポール・j・スタインハート教授が、それまでの物理学ではありえないと言われていた物質の存在を証明するために悪戦苦闘し、世界中の科学者と関わり合い、最後には最果てのカムチャッカまでチームを組んで証拠を掘り出しに行く、まるでインディ・ジョーンズのような展開のノンフィクション。

鉱物など、あらゆる純物質は結晶を形成する。
あらゆる結晶は、原子が周期的に並んだものである。
原子のどの周期的な並び方も対称性によって分類でき、考えられる対象性の数は限られている。

という結晶学の原則に外れる、規則的な間隔で繰り返されるのではなく、異なるまとまりが異なる間隔で繰り返される特異なパターンによる「準周期的結晶」(略称「準結晶」)が存在する。

という発見を証明するために、スタインハートは三十年以上をかけた。そして、最後にはその物質を含む鉱物を掘り出すために、一度もアウトドア生活を送ったことがないにもかかわらず、極めて冒険的な危険な旅に出たのである。

スタインハートはファインマンの弟子である。ノーベル賞受賞学者であるファインマンは、ユーモアに富み、科学を愛し、真実を明らかにする人であった。この本の中にもファインマンの話は時々登場し、そして彼がどんなに作者に良い影響と勇気を与えていたかを教えてくれる。不可能であると思えれば思えるほど、それは興味深い命題であり、しかしながら、自分が正しいと思っていることは目を曇らせることもあることを忘れてはいけない、と教えてもくれる。

興味深いのは、作者が準結晶について発見し、研究を進めていた時に、世界中の別の場所で、別の分野や別の視点から、同じようなことを考えている科学者が何人か存在したこと、そして彼らが時を経て徐々に繋がり合い、最後には手を携えて共に研究に至ることである。なんの関連もないはずの人間が、同時多発的にいろいろな場所で同じようなことを考え付き、調査し、研究し、思いを巡らせる。人間というのは不思議で面白いものだと思う。

自分たちの発見に異を唱える学者を排除するのではなく、むしろ自説を強化するための大事なサポートと考える、というやり方にも感銘を受ける。ファインマンの、信じていることが目を曇らせるという教えが生きている。自説を押すチームを「青チーム」とするのなら、それに反対する「赤チーム」を尊重し、赤チームに突っ込んでもらうことで、より真実に近づくべく道筋を探す。赤チームは最後には、カムチャッカへの旅にまで同行し、そして真実の発見に大いに貢献するのである。

小難しい物理学の理論や鉱石、隕石、宇宙科学に至るまでの解説が含まれる本書は、読みすすめるのに非常に時間がかかったが、頓挫することはなかった。それは、文章が非常に魅力的だったからである。その魅力はどこから来るのかというと、作者の人間的魅力と、登場する沢山の人達への敬意と愛情からだったと思う。ほんのちょっとだけの登場人物も、作者の目から見たキャラクター付がしっかりなされていて、まるで直にあったかのようにイメージが浮かんだし、多くの人を、好きになれる気がした。人が好きだ、ということが作者の根底にはあると思う。それと、真実への真っ直ぐな熱意。

かくて、物理学の本でありながら、これは冒険譚であり、人と人とのめぐり愛の物語であり、真実を追求する心を熱くさせるノンフィクションである。読むのは大変だけれど、ぜひぜひおすすめしたい。どんなディープな本読みでも、一週間くらいはかかるんじゃないかなあ。