128 宮田珠己 幻冬舎
新刊出たら即買い作家のひとり、宮田珠己の新刊。夫が先に読み「身につまされるよ」と言っていた。読んだらなるほどと思った。
宮田珠己氏との付き合いは長い。と言っても個人的な知り合いではないのだが。彼のデビュー作「旅の理不尽」から読んでいるし、雑誌「旅行人」プレゼント企画で私の名前入りのサイン色紙(「何でもあり」と書いてある)が当たったことがある。スッキリ隊でご来宅いただいた本の雑誌社の浜本さんが、宮田さんのサイン色紙は珍しい、と感心していらした。若くて元気でバックパック背負って旅してまわっていた彼がジェットコースター評論家になったり、国内の様々なへんてこな建物を見に行ったり、石ころを拾いまくったり、ロトにはまったり、不思議な小説を書いたりするのをずっと見てきた。トークショーにも行ってしみじみ話を聞いたこともある。
そんな彼も年老いた。まあ、私もだからしょうがない。体力の衰えや運気の低下を自覚し、筋トレを試みても続かない。挙句の果てに、ついに還暦を迎えてうろたえている。間違いじゃないかという気がしてならないらしい。生まれて60年たてば60歳というのは一般論だとしても、この私に限ってはそのような定説は当てはまらないのでは、と言及している。
わかる。私も同じだったから。自分が50代に突入したということが信じられず、受け入れられず、ようやくあきらめて納得し、50代に慣れた矢先に60代が襲い掛かってきた。まだ納得してない(笑)。宮田氏は50代になってからまだ3年くらいしか経ってないじゃないかと書いていたが、私など先日、高校時代の友達と会って「ついこの間高校を卒業したばかりなのに」と言い合ってしまった。なんでこんなに時間がたつのが早くなってしまったのだろう。
それだけではない。毎日散歩しているのに全然体力がつかない、筋肉がつかない、効果がないだの、思いがけずに体調が悪くなる日があるだの、けがをしたらなかなか治らないだの、走ろうと思っても走れないだの。おおお。すべてそれは、私であり、私の夫でもある。年取るって怖い、と日々思い知らされている。
恐ろしいことに、夜、寝つきにくいことや、睡眠アプリを導入したら眠れるようになったなどという話まで一緒である。筋トレを、ノルマや目標は決めずに、ただ記録するだけが最もやる気が出るというのも同じだ。これ、60代アルアルなんだろうか。
そんなわけで、ものすごく身につまされた一冊であったが、読了して特に元気が出たわけでもない。ただ、確かに今やりたいことを続けていくという姿勢だけは持って行こうと私も思う。私の場合は、今まで仕事や育児や家事でできなかった旅を、夫婦でがつがつと楽しんでいる最中である。体力はどんどん落ちて、午前中歩き回ったら午後は宿でぜいぜいと休んでしまうような旅になりつつあるが、それがまだできる内は楽しんでおこうと思っている。歩けるうちに、行きたい場所に行っておかないと、動けなくなってからじゃ間に合わないからね。
宮田氏は最近野菜作りに励んでいるらしい。私の父も老後は畑仕事に熱中していた。畑は良い。父に対しては思うところが多々あったが、それでも彼の人生の最後に畑があったことは幸いであったと思っている。宮田氏も、良き畑生活を楽しんでほしい。私たちも旅をつづけるから。
年を取るって誰にでもあることなんだ。ということに気づかされる日々である。これからもっと気がついていってしまうのだろうなあ。誕生日とか、もうそういうのいいから、という宮田氏の叫びに心から共感する。なんで数カ月しか経ってないのにもう次の年齢になるんだ?まだ半年も経ってないのになんで一年経ったんだ?と思ってしまう今日この頃。これがもっと早くなっていくんだろうなあ。まあ、何とか生きていこう。宮田さんに、エールを送ります。エールになってないかもしれないけど。
