言語学バーリ・トゥード

言語学バーリ・トゥード

56 川添愛 東京大学出版会

副題は「AIは『絶対に押すなよ』を理解できるか」である。コミュニケーションにおいて、人に伝えたい内容は「意図」である。日常レベルでは「意味」と「意図」はほぼ同じだが、「意味」が各単語の辞書的な意味や文そのものが指す内容であるのに対し、それらの単語や文に載せて話し手が聞き手に伝えたいことが「意図」である。意味と意図の違いを説明するうえでわかりやすいのが、熱湯風呂における「絶対に押すなよ!」である。この言葉の意味は「(自分を)押すな」であるが、熱湯のふちでこれを口にする芸人の意図が「押せ」」であることはあまりにも有名である。(この事例にダチョウ倶楽部の上島竜兵氏の名が挙がっているのを見て、思わず心が揺れる私であった・・。)AIが「絶対に押すなよ」と言われた場合に、その意図を正確に把握できるのか。

といったような言語にまつわる興味深いエッセイが16編収められているのが本書である。この他にもユーミンの有名な歌は「恋人{は/が}サンタクロース」、さて助詞はどっちだったでしょう問題や、新日本プロレスのリングに突然殴り込みに行ったラッシャー木村が、緊迫の空気の中リング上でマイクを渡され、発した第一声が「こんばんは」だったのでみんながずっこけたのはなぜなのか、などのテーマが扱われている。

言語学の本としては非常に興味深く面白く、かつ笑える本なのだが、作者がプロレス好きすぎて、プロレスに興味がない私にはちょっと邪魔である。でも、これを読んで「大学は法学部なんて行かずに文学部で言語学や文化人類学をやったほうが楽しかっただろうな」とつい思ってしまった程度には、楽しめた本であった。ちなみに、これも夫からのおすすめ本であった。