159 井上靖 東京創元社
よしながふみの「仕事でも、仕事じゃなくても」の中に登場した詩集。井上靖の詩を読んで、よしながは、親というものを描きたいと思った、という。私にとっては井上靖と言えば「しろばんば」「夏草冬濤」「あすなろ物語」である。思春期に、それらの作品は身に染みたなあ。彼が詩を書いていたなんて全然知らなかった。というわけで、図書館にリクエストしたら、すぐに手配してくれた。さすが、県立図書館。
古い本である。懐かしい紙製のポケットには図書カードが入っていて、八人しか借りていない。私が生まれる前の詩集。旧仮名遣いの活字も古めかしい。くだんの詩は「愛情」という題名であった。
五歳の子供の片言の相手をしながら、突然突き上
げてくる抵抗し難い血の愛情を感じた。自分はお
そらくこの子供への烈しい愛情を死ぬまで背負ひ
つづけることだらう。かう考へながら、いつか深
い寂寥の谷の中に佇んでゐる自分を發見した。
(「詩集 北国」井上靖「愛情」より一部抜粋)
彼はあとがきで、自分の詩のノートは「詩のノート」ではなくて「ある小説家のノート」とでも言ったほうがいいものかも知れない、と書いている。たしかに詩というよりは散文的な要素の多い作品群であるが、その根底には深い詩情がある。静かに物事を見据えて、それを受容し、その上に立って生きていく心の内が示されている。
戦争の体験もそれを激しく描くのではなく、乗り越えた日々を後から振り返って距離を取って描いている。それがむしろ激しく響く。感動的でも激情的でもなく、しずかな言葉の中から浮かび上がる、深い思いと決意のようなものに私は捉えられた。
良い詩集だった。