豊岡メソッド

豊岡メソッド

21 大崎麻子 秋山基 日本経済新聞出版

副題は「人口減少を乗り越える本気の地域再生手法」である。夫が熱心に読んでおり、非常に感心したと言っているので読んでみた。地方の人口減少を食い止め、魅力ある街づくりのための行政の指針…なんて別に興味ないわ、と思ったら大間違いで、なるほど、そういうことか!と目からうろこ本であった。

兵庫県豊岡市は、多くの地方都市と同じようにじりじりと人口が減少しつつあった。この問題を乗り越え、本気で地域再生を考えたときに考え付いたのが、「ジェンダーギャップ解消」である。

人口減少の最大の要因は若者の転入よりも転出が多いこと、つまり若者の社会減にある、と捉えられていた。そこで豊岡市は、進学などで10代に豊岡を転出した若者が20代でどれくらい戻ってきているか「若者回復率」という独自の指標を設定してみたのだ。すると明らかになったのが、大きな男女差である。男性の回復率は景気が良ければ回復するが、女性は低下する一方だったのである。つまり、豊岡は「このまちで暮らす価値」が若い女性に選ばれていないという厳しい現実が突き付けられていた。これが2017年のことである。

女性が働きやすい職場がない、男女で仕事の内容や収入に差がある、働き甲斐がない、残業が多く体力的につらい、出産後に戻る体制がない、家事の負担が大きい、生き生きと働いている女性のロールモデルが存在しない・・・。そして地域社会では男尊女卑が残り、結婚しろ、子を産めなどの無神経なセクハラ発言がまかり通る。そんなまちに若い女性が戻りたいとは思えない、という現実に、豊岡市は気が付いたのである。

そこで、豊岡市は本気でこの問題に取り組んだ。途中、市長の交代などで政策が変わるのではないか、という不安な局面もあったが、粛々と改革は進められていった。あからさまに「ジェンダーギャップを解消しよう」というスローガンを掲げたわけではない。ワークショップを行ったり、企業のトップに働きかけたり、人事の公平性を呼び掛けたり、教育の現場にジェンダー平等を自分ごととして捉える機会を作ったり。そういった地道な活動がじわじわと効果をあげて行ったのだ。その方法論と、周囲の状況と、環境の変化が丁寧に書き込まれている。この本は、行政に関わる人たちに本当の意味で参考になると思う。

外側の制度をちょっといじったり、掛け声だけかけたって、ジェンダーギャップは解消されない。施策者が本気で自分ごととして取り組まないと無理である。女性をなんでそんなに持ち上げなくちゃいけないんだ、もう十分平等じゃないか、と思ってる首長がほとんどだろうなあ。だから人口が減っていくんだよ、と言いたくなる。

日本の女性はあんまり声をあげる習慣がない。もっと働きやすくしてくれ、もっと平等に扱ってくれ、なんて主張しない。ただ、黙って去っていく。黙って、結婚せず、子を産まなくなる。その結果が現状である。だから、豊岡市が女性の声を本気で聞くワークショップから始めたのは正しいよね、と思う。

男性も育児休業を取ろうと言われ始めた頃、主婦の集まるSNSサイトでは「旦那が育休なんかとると旦那の分のお昼も作らなくちゃならなくてもっと大変」「一日に数回オムツを替えただけで育児参加したと大威張りして『なんか食うもんないのか』『なぜ部屋がこんな汚いんだ、掃除くらいしろ』なんて言われる」などという声が飛び交っていた。育児休暇取って立派なイクメン面してるパパたちを疎んでいるママがほんとは大勢いたのだ。コロナ禍のリモート時期には「子供を静かにさせろ」「部屋に入らせるな」などと怒りまくる夫に怯え、自分の仕事が全くはかどらずに苦悩するママが大勢いた。そういう現状を分かってない男性が行政に携わったって有効な政策なんてたてられないよな、と思う。

ジェンダーギャップ解消問題は、もちろん人権の問題であり、多様性の問題であり、平等性の問題である。が、と同時に、私たち人類が今後も生き抜いていくためにどうしても解決しなければならない大きな社会問題でもある。女性の上に男性がふんぞり返っていたら、人類全体が衰退してしまう、ということにもう気が付かなければならない時が来ているんだな、と改めて思う。

将来を見通し、より良い道を選ぶという点で非常に示唆的な本であった。行政担当者はもとより、企業経営者も一度読んだほうがいいと思う。