転向者・小川未明

転向者・小川未明

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どうして今さら小川未明。と自分に突っ込みたくなるところではあるが。日本のアンデルセンなどと呼ばれ、ロマンティックな美しい童話を書いた人とされている作家。ところが、戦前は社会主義に傾倒し、戦中は国家に迎合し、戦後は民主主義を説き、その変節、転向を全く反省して見せなかった作家でもある。大学時代に児童文学の歴史を勉強し、鳥越信や古田足日などによって強く批判されたことは学んでいた。が、改めてこの本でガッツリと彼の歴史をたどると、恐ろしいほどに反省のない人であることがわかる。何故、自己矛盾に陥らずに最期まで堂々としていられたのか、逆に知りたくなるほどである。

小川未明は、戦前、美しいプロレタリアートと、醜いブルジョアを対比するような童話を書いていたのに、戦時中は「僕も戦争に行くんだ」と勇ましい作品を書く。それでいて戦後は

「指導者らにはなんの情熱も信念もなく、ただ概念的に国家のために犠牲になれといひ、一億一心にならなければならぬと言って、形式的に朝晩に奉仕的な仕事を強制してきた。(中略)それが終戦後の態度はどうであるか、今までの敵を賛美し、間違ってゐたことを正しいといひ、まつたく反対のことを平然として語ってゐる。(「子どもたちへの責任」日本児童文学1946年9月より)

とまるで他人事のように語っている。そして民主主義を賛美するのである。

最初の章で、作者は小川未明の漢詩を取り上げ、詩人としての未明を高く評価している。未明の内面にあったのは、儒教的倫理観であり、明治人の精神であった、と指摘している。彼の中にあった不動の価値体系が明治の精神であったとするなら、尊皇攘夷から一転して西洋から物事を学ぶように、時流に乗った主義主張の変転、転向は国家を守るためには意味あるものでしかなかったということであろう。

とは言え、未明の平然とした転向は不誠実なものであった。戦後出版された全集には戦争中の戦意高揚童話は全くいれられておらず、なかったものとされている。本来、鳥越信、古田足日らが未明批判を展開した時に、未明はそれに答えるべきだったのだろうが、時すでに遅く、老いて作品も新たに作成することのない年令に達していた。また、文学界の中の児童文学の占める位置が極めて狭く小さく貶められたものであったために、大きな問題ともされなかったということである。

過去の言動を口を拭ってなかったことにし、常に良き存在として君臨し、評価を受け、その転向を問題にされない児童文学者がいたということが、ひとつの、日本という国を特徴づける要素であると改めて思う。つまり、自らの責任を放棄し、なかったコトにし、悪いのは時代であった、ということだけで全てが許されていく。それが、今もなお脈々と続いていることに、改めて暗澹としてしまう。

子供時代、小川未明の童話を私は読んだ。暗く、怖くなる、どんよりとした物語だと思ったものだ。もっと明るくて元気のいい西洋児童文学に出会って、ああ良かった、とほっとした心持ちをかすかに覚えている。未明が日本のアンデルセンだとは、私は思っていない。