美輪明宏さんがお亡くなりになった。学生時代に「紫の履歴書」を読んで衝撃を受けたのを覚えている。まだ、LGBTがさげすまれ、「おかま」という罵りの言葉が大手を振って通用していた時代である。当時、私は、自分の性の在り方を明らかにし、歌をうたい、お芝居をする美輪明宏さんや、「私はオカマです」と明言し選挙のたびに立候補する東郷健さん、映画評やファッション評で歯に衣着せぬおすぎとピーコのお二人など、ゲイと呼ばれる彼らの存在感に感動していた。自分に嘘をつかず、自らの在り様を隠さずに堂々と主張する彼らを心からすごいと思っていた。それを口にする私に「なんで?」「変な人」という人は多かった。今振り返ると隔世の感がある。
「紫の履歴書」には若いころに恋人を失った悲しみが描かれていた。お相手は有名な映画俳優だった。その本には当時の写真が掲載されていたが、美輪さんは本当に美しかった。長崎の花街で育ち、娼婦のお姉さんたちにかわいがられ、原爆にもあった人である。人生の苦しみ、悲しみも味わい尽くしてきた人である。
忘れられないのは、政治家、中曽根康弘との会話である。「キミらみたいなのは海軍魂を知らんだろうな」と中曽根氏に言われた美輪さんは
「ええ、年齢が年齢ですから、海軍魂は知りませんけど、原爆にやられました。竹槍の練習もさせられたし、銃後の守りでいろいろやらされました。でも、おかしいですね。そんなに海軍魂とやらが大層なものだったら、なんで負けたんですか。向こうが原爆作ってるときになんで私たちは竹槍を作らされてたんですか。自分の同僚を見殺しにして、おめおめと帰ってきて、腹も切らないでのうのうとしている。そういう面汚しの厚かましいのが海軍魂なら、私は知らなくて結構です。」
中曽根氏は、何も言わずにその場を立ち去ったという。このエピソードを、私は絶対に忘れたくない。軍人の自己陶酔的な偽善、欺瞞をこれほどまっすぐに叩ける人だったということを、ずっと覚えていたい。
美輪明宏さんのご冥福をお祈りします。
