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「遊覧日記」武田百合子 作品社
武田百合子の「富士日記」や「犬が星見た」は随分前にーこの読書日記を始める以前にー読んだので、感想を記録していないが、大好きだったのは覚えている。武田百合子は武田泰淳の奥さんである。神保町のカフェに勤めていた彼女を争って何人もの文士が通い詰めて武田泰淳が勝った、みたいな話を読んだことがあるような。
武田百合子の日記文学は絶品である。特別なことが書いてあるわけではない。どこへ出かけた、何を食べた、どんな人がいた。そんなことばかりなのに、読んでいてとても気持ちがいい。なにか心が洗われるような気さえするのである。
浅草花やしきの話が最初に載っていた。なつかしい。まだ学生だった私と夫が、ガタガタのジェットコースターに乗って遊んだ花やしきである。周囲のアパートの、洗濯物の干された軒先にそのまま突っ込んでいきそうなジェットコースターであった。読み始めは古い話だと思っていたけれど、考えてみたら、その頃のことだ。私たちにとっては、それが「いま現在」だったあのとき、百合子さんはお嬢さんの花さんと花やしきで遊んだのだった。
蚤の市、上野東照宮、青山、代々木公園、不忍池。あの頃の、ちょっとひなびた東京の景色が浮かび上がるようだ。その中に、私も夫もいたのだなあ。時は過ぎるものだ。ちょっと感傷的になってしまった。良い日記であった。
2020/12/21