40 ジェスミン・ウォード 作品社
初めましての作家。それも翻訳文学なのでハードルが高かったが、読み始めたら一気に引き込まれた。
19世紀初頭の南アメリカの奴隷制度下の黒人女性の物語。主人公アニスの祖母はアフリカの女戦士だった。母親はその事実を彼女に伝え、槍の使い方や薬草の知識、キノコの見分け方などを教えた。アニスの生物学上の父親は農園の白人領主。アニスは領主のレイプによって生まれた子どもなのだ。その領主が今度はアニスに手を出そうとし、それを避けようとした母親は奴隷商人に売り飛ばされる。失意の中でアニスは何とか安らぎを得ようとするが、彼女自身もまた売られてしまう。生き地獄のような旅の果てにたどり着いたニューオーリンズで新たに農場に売られ、そこでもまた酷い日々が待っている。そんな中、最後にアニスが選んだ道は‥‥。
奴隷として生きるということを想像したことがなかった。それがどんなに閉鎖感と抑圧と絶望に満ちたものであるかを初めて体感した。アフリカの地から家畜のように船底に押し込められて長く苦しい航海を乗り越え、やっとたどり着いた大陸では家畜以下の扱いを受ける。逃げ出しても故郷は遠い遠い海の向こう。黒い肌はどこへ行っても奴隷だと一目でわかってしまう。逃げ場はどこにもない。そして、女たちは領主にレイプされて子どもを産む。屋敷には領主の家族が住んでいて、その子どもたちは実は異母兄弟だというのに、黒い子供たちは奴隷予備軍である。
領主は、自身の子を奴隷として扱うことに何のためらいもなかったんだろうか、という疑問が最初に湧いた。だが解説を読んで驚愕した。奴隷の「増産」のために、レイプが励行されたというではないか。黒い赤ん坊が自分の子であるなどという認識はどこにもない。ただ「増産」されたのだ、奴隷が。
どんなにひどい状況下でもアニスは強い意思を持ち続ける。自分を失わない。あらわれた精霊と言葉を交わし、母の幻を追い、女性奴隷同士で助け合い、愛し合う。奴隷商人は奴隷たちを縄でつないだまま食糧も水もろくに与えずに歩かせて移動する。大きな川も、引きずるように渡らせ、溺れた者は打ち捨てる。偶然の重なりで逃げ出した奴隷もいる。そうした逃亡奴隷のコミュニティが湿地の向こうの、人の手の届かぬ場所に作り上げられる。歴史的にそういうコミュニティは確かに存在した。そうだ、人は自由を探し、求める。いつどんな時でも。
自由であるということ。自分自身であるということ。行きたいところへ行き、会いたい人と会い、やりたいことができるということ。その意味を、改めて噛み締める。人はみな同じ価値をもち、同じ重みをもつ。誰かが誰かを所有し、支配し、抑圧し、思い通りにしていいはずがないことを、改めて確信する。