飛び立つ季節

飛び立つ季節

3 沢木耕太郎 新潮社

「旅のつばくろ」の続編となる本。前作と同じようにJR東海の「トランヴェール」という車内誌に連載されていた旅のエッセイをまとめたものである。東北新幹線にわりによく乗る私は、だいたいを連載時に読んでいたのだが、まとめて読み返すとまた新たな感慨がある。

今回の旅は会津、伊豆、男鹿半島、福岡、日光・・・。多くの場所が私も行ったことのある場所だったので、より楽しめたのかもしれない。彼は、ガイドブックなどで下調べなどはせずに旅をする。思いがけない出会いこそが旅であるし、もし、見落としたものがあった場合は、それを身に、もう一度そこを尋ねるという楽しみが残される。そんな風にして思いがけずに出会った日光の竜頭の滝のすばらしさを彼は書いている。そう、竜頭の滝は素晴らしいよね。

そもそも、私はかつて孤独な育児中に沢木耕太郎の「深夜特急」を読んで、家にこもりながら心は世界中を飛び回った。その時以来、沢木耕太郎は心の支えの一つである。彼のように気負わず外の世界を旅したい、いろいろなものを見て様々な人と触れ合いたいと願ってきた。この本にも前作にも書いてあるが、旅における性善説のようなものを、私も信じている。旅先でふいに出会う人は、たいていとても助けになることを教えてくれる。

彼はこの本の最後にソニーの創業者、井深大との出会いについて書いている。学生時代、デパートでアルバイトしていた彼は、井深の家に届け物をしに行った。井深自身が出てきて荷物を受け取り、二、三分待たされて「よかったらこれを貰ってくれますか」ときれいな包装紙に包まれた箱を渡された。中身はイタリアの高級ブランドの靴下セットだった。デパートで上司にそれを見せると、お使いのお駄賃だからいただいておきなさい、と言われたという。

私は、これまで見たこともないような高級な靴下を貰った嬉しさより、あの初老の男性の、アルバイトの学生に対する物腰の普通さに強く感動していた。普通でいて、やさしかった。(中略)
 私が人に会い、人から話を聞いたり、話をしたりするということを中心にした仕事を続けてきた中で、もしひとつだけ心がけてきたことがあったとしたら、それは誰に対しても同じ態度で接するということだったような気がする。人によって態度を変えない。たとえどれほど「偉い」人であっても、あるいはそうでないように思われる人であっても、同じように接する。
 もしかしたらそれは、単に仕事上のことだけではなく、私の生き方の基本のようなものになっていたかもしれない。
 その生き方における大切は心構えは、驚いたことに、ほんの数分だけ会ったにすぎない、井深さんの影響だったのかもしれないのだ・・・。
    (引用は「飛び立つ季節』沢木耕太郎 より)