77 繁延あづさ 亜紀書房
旅の終わりに夫から回してもらった、結構分厚い本。これは素晴らしかった。
写真撮影を生業としている作者。夫がリストラされ、養鶏を始めてみようかな、と言い出した。食鳥処理衛生管理者の資格を取るため、食鳥処理場に通い始める。早朝から、顔から体中、血と消化液、汚物にべっとりとまみれる作業。高齢者と外国人と障碍者が多く働く現場。スーパーで売られるピカピカの食肉を支えているのはこの人たちだった。職場の仲間たちと関わり合いながら、「とうとい仕事だ」と感じる作者。こんなにとうとい仕事なのに、最低賃金しか支払われず、そんな仕事しかできない人たちと言われもする。だが、三年間通う中で、作者は様々なことを学んでいく。
食肉処理場に働く人々の話をしていたら、そんな仕事しかできないような生き方をしてきたのでしょう、というようなことを言ってくる人がいた。障碍者と高齢者と外国人ばっかり、という現実を悪口ととらえる人もいた。就労する高齢女性たちは伝統的家父長制の中で育って、男性や目上の人に物申すことはできず、ただ従うばかりだった。職場環境や仕事の手順に疑問を感じても何も言えない人たちの中で声を上げ、熱中症防止のために送風機を導入してもらったり、様々な提言をした作者。少しずつ現場も変わっていく。
生き物の命をいただくということ、肉や卵を食べるということ、その周辺にあるのに、誰もが忘れている大事な仕事。その現実を丁寧に観察し、よく考えて書かれた文章には、強い力がある。また、この本は、それとともに、作者の子供たちの成長の記録でもあり、そして時に夫への問題提起の場でもある。大学進学のため家を離れる長男を見送るときに作者が思わず感じたのは「今まで育ててくれてありがとうございました」であった。長男が言ったのではない。作者が、子どもを育てる中で、確かに育ててもらった、という実感があったということだ。これに私も共感した。子どもを育てることで、親もまた、子どもに育ててもらうのだ。
食肉加工場で働くことに加えての日々の記録。当たり前の毎日の中での気づきや学び、家族の物語。ぎっしりと深いものが詰め込まれた、美しく尊い一冊だった。
