黄色い家

黄色い家

2023年6月22日

108 川上未映子 中央公論社

2015年に「きみは赤ちゃん」を読んで以来の川上未映子。読売新聞に連載中、ドキドキしながら読んでる、と母が言っていたっけ。「もうとんでもない展開で、どうなっちゃうんだろう、ここで終わるかな、と思うとまた違うことが起きて、びっくりしちゃって、思いがけない終わり方だったわ。」と言っていた。だが、連載終了後に一冊になってから読んだ私には、それほど思いがけなくはない結末であった。いつもいつも守られた環境で生きてきた母にとっては、きっと思いがけないものだったのだろう、とも思うが。

母子家庭で放置されて育った少女が、母の恋人に苦労して溜めたバイト代を盗まれて愕然として家を出、そこから何を考えているかよくわからない母の友人と同居してスナックで働く。そこで、それまで持ったこともなかった友だちを得たり、その子たちとのつかの間の青春を味わったりもする。が、事態は急展開、思いもよらない方法でお金を稼ぐようになる。そして、お金をめぐって争いが起きる・・・。

人は生まれる環境を選べない。そして、与えられた環境だけがすべてだと思い込んである程度までは育つ。そこから、徐々に、自分の家とは違う環境を知り、社会を知り、自分という存在がどんなものであるかを知っていく。正しいこと、間違っていること、こうあるべきこと、という規範だって、その家々で違うことが多いし、文化も違う。ただ、人は皆、それぞれに自分なりに考えて、一生懸命生きている。悪くなろうと思って悪くなった人なんていないし、自分がやっていることが悪いことだとわかってやっている人も多くはない。みんな、そうするしかなくて、そういうものだと思って、できる限りのことをして生きているんだと思う。

この物語の登場人物も、みんな置かれた環境でできることを必死にやって生きている。それが社会的に見て悪いことだったり、眉を顰められるようなことだったとしても、その中で頑張っているし、時に喜び、時に哀しみながら、人生を生きている。貧困や無知は人をおとしめるけれど、そんな中でも、人はちゃんと光るものを持っているし、どんな人のなかにも美しいものがある。悪い奴を捕まえて、罰しさえすれば、よい世の中になるかというとそんなことはないし、何をどうしたらいいかわからない人をバカにしたり貶めても何も得られない。一人一人の心を大事にしたり、尊重したり、話をよく聞いたり、分かり合うこと。そんなごく普通の当たり前のことが、どれだけ人を救うのだろう、と思ったりもする。

お金は大事だ。だけどお金があるのが立派なことではないし、お金があればすべてが解決するわけでもない。かといって、お金がないのはとても大変だ。ああ、当たり前のことしか書けないね。私は、私の置かれた場所で、精一杯生きているつもりだけれど、誰もがきっと同じなんだな、と思う。そんな読後感だった。