ある男

2021年7月24日

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「ある男」平野啓一郎 文藝春秋

平野啓一郎を読むのは初めてである。何故かこの人の書くものはクソ難しそうだ、という先入観があった。どこでそう思ったのだろう、今となっては謎だ。

そんな平野啓一郎だが、全然難しくはなかった。面白かった。ただ、ものすごく頭でっかちな人だな、とは思った。かく言う私も頭でっかち族の一人であるので、だからこそ、面白かったし、「わかった」のだと思う。

「深く考える」というのは訓練によるものだろうか、それとも癖なのだろうか。何らかの物事に出会ったときに、反射的に「いやだ」とか「好き」とか感じて、そこで終わりにしてしまうのと、「今、私は嫌だと思ったが、それはなぜなのだろう」から始まって、その物事をとっくり眺め、嫌だと感じる要素を見つけ、取り出し、まじまじと眺め、それを嫌だと感じる自分自身の内部にあるものとつなげ、その内部のものがなぜどの様に形成されたのか、それはどのような意味合いがあるのか、などなど延々と考えてしまうのとの間には、大きな差異がある。どちらが正しいというものではないが、深く考えることによって得るものがある、と私は知っている。もちろん、失うものもあるとは思うが、思考停止に陥って一歩も進まず、そのことで実は苦しんでいる人を見ると、もう少し深く考えたらどうだろう、と思ってしまう。そういう人は、私を見て「めんどくさいやつだな」と思うのだろうけれど。

離婚歴のある女性が、故郷にやってきたよそ者の男と再婚して幸せな家庭を築く。が、ある日、その男は事故で亡くなってしまう。疎遠にしていたというその男の親族に連絡を取ると、実はその男は、全くの別人であるということがわかる。いったい、その男は誰なのか・・・。

ミステリ仕立てだが、その中で、この謎を追う弁護士の内面的な葛藤が深く描かれている。この弁護士が実に頭でっかちで、「わかるわー」と私は思ったのである。

弁護士の妻も登場する。弁護士は、妻に対しても公平であろうとする人だが、理解しかねているところもある。で、私は妻の方の気持ちにも結構肩入れする部分があって、だから、頭でっかちはだめなんだ、と自分を差し置いて腹を立てたりもする。最後の方で示されるちょっとしたスマホのエピソード、ネタバレになるからこれ以上書かないけれど、これ、どうなのよ、と思う事柄が描かれている。読んだ人に聞きたい。これ、放置、あり?と。もちろん作者自身もそれを意識して書いているのはわかるけど。

ただのミステリだと思って読んでも面白いと思う。理屈が過ぎて、飽き飽きする人もいるかも知れないけれど、ちゃんとわかりやすく書いてあるからきっと大丈夫。

「猿の見る夢」の対極にある小説とも言えるのかもしれない。

2019/1/25