きよしこ

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2021年4月27日

20 重松清 新潮社

重松清は、「流星ワゴン」を読んだ。それ以外にも読んだことがあるかもしれないが、覚えていない。そして、「流星ワゴン」はあんまり面白くなかった。だから、それ以来、重松さんの本には手が出なかった。

子どもに勧めたい本、という話題でこの「きよしこ」がよく取り上げられているのを見て、読んでみようかな、と思った。全然期待していなかったが、とても良かった。良い本だった。

作者は子ども時代、吃音、いわゆるどもりだったし、今もあまりしゃべるのが得意でない。そんな作者に、同じように吃音で悩む子を持っている母親が、そんなこと気にしなくていいよ、と我が子に言ってほしい、と手紙をよこす。でも、作者はそれには応えない。

この物語の主人公は吃音に悩んでいる。転勤族の子で、しょっちゅうあちこちに転校するのだが、自己紹介がうまく行かない。それで、友達つくりに失敗してしまったりする。本当は、野球が得意で四番バッターでじゃんじゃん打てる実力なのに。

私も転勤族の子で、あちこち転校していたので、この子の気持ちはよく分かる。新しい場所で自己紹介して友達をつくるのは、なかなか大変なことなのだ。うまくやっていくためには自分を偽らなければならないこともある。そんなつもりはなくとも嘘をついたり心にもないことを言ってしまうこともある。親を安心させるために、まるで学校でうまく行っているかのように家でも装ったりする。そうやっていくうちに本当の自分がわからなくなったり、自信を失ったりもする。そんな葛藤がひどくリアルに描かれている。きっとこの人も本当に転校を繰り返したんだろうな、と思う。

友だちができなくてつまんない時に知り合ったアル中のおじさんが登場する。いいかげんな奴だけど、結構楽しい友だちになる。この物語、実は今年の三月にIHKでドラマ化されたという、このアル中親父を演じたのが千原せいじだったそうで、ネット上で絶賛されているのを見た。うん、多分ぴったりだったろうな。あて書きしたみたいに良かっただろう。見たかったな。

主人公は成長して東京の大学を受ける決心をする。吃音は相変わらずだけど、先生になりたい、と考える。でも、あんまり上手にはしゃべれないままだったので、結局は先生にはならず、お話を書く人になった。お話なら、どもっていても書けるからね。というこのお話を、彼は書いて、最初に登場したお手紙を書いてくれたお母さんのところに送ったんだって。

うん、いいお話だった。ドラマも見たかったな。吃音なんて気にするな、なんていうよりも、今でもしゃべるのは下手だけど、こんなお話なら懸けたんだぜ、という方がずっと誠実な気がする。悩みは解決するだけが正しいわけじゃない。ずっと悩みを抱えたままでも、ちゃんと生きていくことだって。出来る。そういうことだ。