カヨと私 小豆島でヤギと暮らす

カヨと私 小豆島でヤギと暮らす

127 内澤旬子 本の雑誌社

内澤旬子は、新刊が出たら、とりあえず即買いする作家のひとりである。この本も随分前に購入して棚に置いてあった。が、どうしても、期限のある図書館本から先に読むことになる。というわけで、かなり長いこと積んだままになっていた。

「飼い喰い 三匹の豚とわたし」で、豚を飼って、最後に食べるまでの経験はある作者であったが、ついに小豆島に移住してヤギを飼い始めることとなる。カヨという雌ヤギとの暮らし。装丁も挿絵もカバーも紙の質感も美しい。イラストはすべて作者の手によっている。

作者は乾いた文体の持ち主であった。人との関わりを拒絶するような突き放した感覚が全体に漂っていたものだったが、一転してこの本ではウエットな文体で、すべてを受け入れるような姿勢が感じられる。内澤の新境地である。

カヨという雌ヤギを飼ったら、どんどん心を奪われ、言いなりになり、気が付けば彼女の大家族を養うに至る。ヤギであるはずのカヨと日々会話し、様子をうかがい、機嫌を取り、受け入れられていることを喜び、分かり合うことをかみしめる。出産に立ち会い、乳を搾り、子どもたちの世話をする。出産から逃げ回っていた自身の半生を振り返りながら、カヨという家族と共に生きる日々。

こちらの都合にお構いなく要求を突きつけるヤギたちに翻弄され、あれこれ工夫を重ねる姿は、まるで初めて子どもを持った母親のようだ。カヨの産後、乳を搾る苦労とその楽しさなど、授乳期の母親の高揚感そっくりではないか。命あるものと暮らし、新しい命を育てるという意味で、ヤギを飼うことも、子どもを産み育てることも、似たようなものだとつくづく思う。人は、自分以外の命と触れ合うことで自分を生かすのだ。

読み終えるのがもったいないような静かな喜びに満ちた本であった。なんと、ヤギの飼い方についての小冊子がおまけについていた。これを実用書として使う日は来るのだろうか。