メディア・リテラシーの問題

メディア・リテラシーの問題

2021年7月24日

「うつ病が日本を滅ぼす!?」香山リカ 創出版


「視点をずらす思考術」森達也 講談社

8人に一人が潜在的うつ病の恐れがあり、そのうち4人に一人が精神科を受診している、という調査結果が、先ごろ、ネットや新聞で発表された。うつ病が一般的な病気のひとつとして認知され、誰もが障壁を感じずに精神科にかかれるような、開かれた社会は理想だと思う。

けれど。この調査を行い、発表しているのは、新型抗うつ薬の販売会社で、この薬がどんなに効くとしても、薬局で手軽に買う事はできず、精神科で医師の処方箋を受けなければ入手する事はできない、という事実を、私達は知っていただろうか。うつ病が、一般化し、精神科を受診する人が増えることで、得をする人がいるということを、私たちは認知していただろうか。

香山リカの本で、メディア報道の裏にあるものについてぼんやり考えながら、次に手に取ったのが森達也だった。この二つは、見事に重なった。

独裁者や軍事政権に強制されなくとも、メディアは自ら不安や恐怖を訴えて危機を煽る。なぜなら不安や恐怖を煽るほうが、視聴率や部数は上がるからだ。メディアのほとんどは営利企業だ。つまり視聴率や部数は売り上げに相当する。いわば企業の存在理由だ。これを追うなといっても無理なこと。

だからメディアへのリテラシーは必要。大事とか重要とかのレベルじゃなくて必要。メディアのためでなく僕たちのために。僕たちの子供のために。ただしメディアの嘘を見抜くことなど無理。たとえば映像の嘘は、一応は映像のプロである僕にもほとんど見抜けない。なぜなら表現とは、そもそもが嘘の要素が混在する領域なのだ。
だから僕のメディア・リテラシーの定義は、「メディアは前提としてフィクションであるということ」と「メディアは多面的な世界や現象への一つの視点に過ぎない」という二つを知ること。自分の視点をずらすだけで新しい位相や局面が、断面や属性が、まるで万華鏡のように現れる。

(「視点をずらす思考術」森達也  より引用)

森達也はさまざまな題材を元に、ひとつの問題を、社会で固定化されたのと別の視点から照射してみる作業を繰り返している人だと思う。扱う問題は、小人プロレスだったり、放送禁止歌だったり、オウムだったり、実に危ない題材ばかりだ。なぜ、そんなことばかり?と最初は不思議だったが、つまりは、私たちの思考がより固定化された事象に光を当てようとしてるのだろう、と今は思う。あまりにもインパクトが強すぎて、映像の世界から追い出されたのは、実に残念なことだけれど。

たとえばつまらない兄弟げんかひとつにしても、上の子の立場、言い分と、下の子のそれとは違う。そして、どちらもが間違っているわけではない。どちらも、その場に立ったものの正しさによって、表現されている。そういうことだ。表現は、事実をそのまま述べているかのように見えて、実はそうではない。必ず、立場、姿勢、視点によって作られたフィクションでもあるのだ。

それから、メディアは企業体であり、利益追求団体である。だから、利益を追い利潤を追求するのは当然だ。有力なスポンサーに不利なことは書かない。あるいは、及び腰になる。スポンサーに益することは、大いに書く。そのせいで、捻じ曲げられたり、黙殺される事実も、ある。

ということを、私たちはもっとしっかり認知し、メディア報道を、違った位相で見なければならない。そして、それを、子どもたちにも早くからきちんと教えておかねばならない。と、心から思う、そんな本二冊だった。

2008/9/16