余命一年、男をかう

余命一年、男をかう

119 吉川トリコ 講談社

吉川トリコは三年くらい前に「マリーアントワネットの日記Rose」を読んでいる。蓮っ葉でぶっちゃけ型のマリー・アントワネットが面白くはあったが、なんというか、お遊びであるなあ、とは思ったものだった。以来、この人の作品を読んでいない。こんなのも書いてたんだ!と発見であった。

節約が趣味で、増えていく貯金通帳を見ることが楽しみで、二十歳で中古のマンションを買い、色恋にもショッピングにもおしゃれにも興味がなく、ひたすら老後の資金をため続けている、嫁き遅れのOL。40歳になったのを機に健康診断を受けたら、なんと癌だった。治療すれば十分に治ると言われたものの、早くに母を乳がんで失った経験から、癌になったら治療を受けないで死のうと決めていた彼女。放置すれば余命は一年かそこらなので、ため込んだ老後の資金は無駄になる。ああ、どうしようと思ったところへ現れたのは、父親の入院資金に困っている、顔がものすごく好みの若い男。というわけで、物語が始まる。

母を早くに亡くし、若い継母とうまくいかずに家を出た主人公は、家族にも結婚にも夢を持たない。人を信じない、愛さない。この感覚、わからんでもない。学生時代の私も似たようなもんだったもんな。家庭に絶望すると、いかに一人でだれにも頼らず生きていけるか、しか考えられなくなる。

別に好きでもないけれど、生きていくために父と結婚したであろう実母や、経済力のある男をゲットしたから結婚したであろう継母。そして、家事と性を手に入れるために経済力を餌に結婚したであろう父。それなら自分も同じように、老後の資金で男をかってよかろう、という思考もまた、わからんでもない。だとしても、そこから先は予測通りには事は運ばないわけで。

自分に正直なようで、実は自分が全然見えていない。己をわかっていない、この主人公が結構好きだ。死ぬと思ってから始まった人生の新たな局面。なかなか面白い設定であるし、世の中捨てたもんじゃないよね、と思えてくる。ぶっちゃけたつもりで、奥底にあった本当の気持ちが掘り返されてくる過程はなかなか読みごたえがある。

この年代の女性の気持ちを、ちゃんと見据えて描き出した物語。もしかしたら、私もこんなだったかも、と思わされる作品だった。