大家さんと僕

大家さんと僕

2021年7月24日

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「大家さんと僕」矢部太郎 新潮社

 

十数年前、重度のお笑いフリークになった時期があった。きっかけは、たぶん、関西に住んでいたことと、発足当時のM-1グランプリだと思う。程なく千原ジュニアにもハマった。毎年、M-1の予選出場者一覧を眺めるところから始まって、どのコンビが上がってくるか、わくわくしながら予選の結果をチェックしていた。ある程度勝ち進んだ知らない名前のコンビの素性を調べたり、お笑い番組を熱心に見たり。東京に転居してからは、芸人のライブや番組収録にまで顔を出していた。
 
カラテカの矢部太郎も、その頃に知った芸人の一人である。実はなかなかのお利口さんで、クイズ番組で雑学王になったこともあるし、気象予報士の資格も持っているのに、いつもおどおどしている、大人しくて内気な小柄な男性である。チャラくてナンパ名人の相方の入江とは正反対の性格なのに、なぜコンビを組んでいるのだろうといつも疑問だった。いいものを持っているのに、なんでそれを前に出さないんだろう、出せないというのが持ち味なのか?なんて思っていた。
 
その矢部くんが、漫画を描いて売れているらしいと知って、図書館に予約した。そうしたら、三桁の待ち人数で、永遠に回って来そうにないと思われた。そんな時、本屋さんに行っちゃったんだなあ。平積みされているのを見て、買っちゃった。糸井重里が帯を書いていたしね。
 
テレビの仕事で、自宅マンションの部屋の中をポケバイで現役レーサーが走り回ったり、霊媒師が来て御札を貼りまくったりしたのがバレて、契約更新を拒絶された矢部くんは、高齢の大家さんがいる元二世帯住宅の一室を借りることになった。大家さんはお笑い番組なんて見ない人で、矢部くんを俳優さんだと勘違いした。「ごきげんよう」が挨拶の言葉で、上品で優しくて、温かくて、ちょっと世話焼きな人だった。この本は、そんな大家さんとの日々を描いた漫画だ。矢部くんの控えめな優しさと、大家さんの上品な温かさが程よく溶け合って、絶妙な世界を作り出している。
 
大家さんは私の父よりちょっとだけ年上だ。最近は老人の話を読むと、とりあえず胸に来てしまう。どうかお元気で、と思わずにはいられない。こんなにしっかりしていらっしゃるのなら、まだ大丈夫だなあ、なんて身内みたいに考えてしまったりもする。
 
矢部くんは、優しいいい人だ。大家さんは矢部くんと出会えて幸せだろう。矢部くんも幸せだろうし。矢部くんを活かせる良い仕事が見つかるといいなあ。あ、この本が、それだけどね。
 
 

2018/2/15