失踪願望。  コロナフラフラ格闘編

失踪願望。  コロナフラフラ格闘編

154 椎名誠 集英社

椎名誠は、「本の雑誌」を始めた若い頃から知っている。若くて勢いのある、力強い人だった。いろんなところを力づくで体ごとぶつかるように旅をしてそれを書いたり、かと思うと家族や子供の話を温かい筆致で描いたり、思いもよらないようなSFを生み出したり。ただただ飲んで焚火をするようなエッセイも書き散らしてた。「本の雑誌」の編集長をやめた頃から、だんだん彼の作品を読まなくなったような気がする。彼の本は、いつ以来だろう、2017年に読んだ「家族のあしあと」以来じゃないか。

この本は、2021年の四月から始まる日記にいくつかのエッセイを合わせて作られている。日記の方で何となく描かれた日々の出来事が、あとのエッセイでぐっと掘り下げられる。彼はコロナに罹患してかなり重症だったようだ。長いこと入院して闘病し、退院後もしばらく後遺症に悩まされていた。いや、もしかしたら今もその影響は残っているのかもしれない。

何か夢うつつのような、どこかほんとうかマボロシかわからないような出来事も描かれている。その合間に、亡くなった朋友、野田知佑さんのことや六歳上の兄、職場の上司だった人のことなども振り返っている。

野田知佑さんは「日本の川を旅する」の作者で椎名のカヌーの師匠である。犬のガクなどを通じてとても親しく、仲良く関わってきたが、最後の方ではあまり彼との親交を書くことはなかった。その経緯などがここには描かれていて、胸をつかれるような思いになる。川を守るための運動に巻き込まれたことで、野田さんは精神を痛めつけられた。失神寸前の野田さんを飛行機で運び、病院に届けた話は読んでいてもとてもつらい。椎名も野田さんも、こうした運動には向かない人たちだったのに、それでも川を守りたい思いはあって、心が引き裂かれていたのだなあ。

椎名誠は、パワフルでエネルギッシュでカリスマ性のある男であるように思われているが、実は繊細で傷つきやすいところもある。面倒から逃げたり適当に投げ出したりもする。そういう面をしっかりと支えているのが実は妻の一枝さんで、一枝さんは彼にとって本当にかけがえのない人なのだということがよくわかる。

失踪というテーマは、締め切りから逃げたかったり、コロナ闘病中に、病室から逃げ出したくなったりしたこともあるが、もっと深いところで彼の中にあるものでもある。このテーマを今後もウェブ上で追いかけていくという。

着地点を見失い、思考の地すべりのようなものに飲み込まれていく脆弱性も予感している。この「よるべない」テーマをこのまま追い詰めていくと、どこかで我はてんでに混乱し、主たるテーマからはじきとばされる、あるいはその逆に思考のブラックホール的なものに飲み込まれていってしまう、という危惧がある。つまり能力を超えないほうがいいのだな、とぼくはひそかに用心し、および腰になっているところがある。
   (引用は「失踪願望。」真夜中の「とおりゃんせ」あとがきにかえて」より引用)

それだけ、椎名はこのテーマと真剣に向き合っているということだろう。最初はお気楽な日記から始まった本が、だんだんに真剣味を帯び、追い込まれ、突き詰められている感覚はには引き込まれるものがあった。78歳を過ぎた椎名誠、これからの日々をどう生きていくのだろう。もう少し彼の書いたものを読み続けたい、と改めて思える一冊であった。

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サワキ

読書と旅とお笑いが好き。読んだ本の感想や紹介を中心に、日々の出来事なども、時々書いていきます。

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