将棋指し腹のうち

将棋指し腹のうち

32 先崎学 文芸春秋

「うつ病九段」の先崎学氏の本。お元気そうでよかった。前にも書いたが、先崎氏とはバックギャモンの大会でお会いしたことがある。この本にたびたび登場する羽生善治氏も、まだお若かったころにギャモンの会に一度、いらしていた。「バックギャモンはあまりに面白すぎるので本業に差し支えるから近寄らないようにしています。」なんて言ってらした。あれは、ギャモン会に引きずり込もうとするメンバーの自尊心を大いにくすぐりながら丁寧に断りを入れる、絶妙な挨拶だったと今になって思う。そういう彼の丁寧な人柄がこの本からも垣間見える。

今まで様々なエッセイを書いてきた先崎氏だが、棋士の酒の上の失敗だけは書かないようにしていたという。だが、この歳になっちゃえば、それもありだよねー、と書いたのがこの本。棋士という重厚な職業が、実は変人奇人の集まるムラ組織であることが暴露されている。とはいえ、なにしろ先崎さんだからね。愛情にあふれた温かい文章であることは間違いがない。

スマホやネットの登場が将棋の世界にどんな変化をもたらしたのかも描かれている。連絡の取り様がないから、とりあえず集まってダラダラしていた過去に比べると、今の棋士はパソコンさえあればいつだって勉強、研究できちゃうし、好手をPCが教えてもくれる。そりゃ強くなるよなー。でも、あのころの情熱や人間関係は失われちゃうんだよなー、というおじさんのひそかな嘆きも感じられて、おばちゃんも共感しきりである。

舞台は将棋会館のある千駄ヶ谷が多い。私もその傍の学校に通っていたので、何とも懐かしい風景を見た気がした。