死ぬまでに行きたい海

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2022年1月27日

10 岸本佐知子 スイッチ・パブリッシング

岸本佐知子は翻訳家である。彼女が翻訳したというだけで、もう、その本の面白さは半分くらい保証されている、と私は思う。そういう信頼感が持てる人である。そんな彼女がたまに書くエッセイは非常に面白い。彼女の翻訳する本と同じように不条理と不思議に満ちていて、そして、笑える。

ところが、この本は、今までのエッセイとは少しテイストが違った。あまり笑かさないのである。かといって生真面目一本やりではなく、彼女の人格からほんのりと笑いが満ちてくる感覚はある。そうだよね、いつもいつもおふざけの人じゃないんだよね。すごく真剣だったり、困っていたり、嫌だったりすることだってあるんだよね、と改めてわかるようなエッセイである。

題名通り、行きたいけれど行けなかったところに思い切って行った話が多い。それは、彼女が非常に出不精だからだそうだ。なんかわかる。私も、本来は家でぬくぬくとインドアしていたい気性ではあるのだが、その反面、知らない場所を歩きたい衝動が強くもある。行きたいけど、行く前にドキドキしてもうやめちゃおうか、なんてつい考えたりもする、めんどくさい性分。そんな感覚が、この人の文章にもあって、ちょっと嬉しくなったりもする。