父ではありませんが 第三者として考える

父ではありませんが 第三者として考える

37 武田砂鉄 集英社

「開局70周年記念TBSラジオ公式読本」以来の武田砂鉄である。ラジオ好きなので、武田砂鉄にもシンパシーを持っている。中央線沿線育ちらしい、というところも近しい感じがする。きわめて個人的な感情ではあるが(笑)。

武田砂鉄は結婚している男性である。だいたい四十歳くらいで、妻は二つ下、結婚して十年経っている。そして、子どもはいない。子どもがいないことに特に事情はないが、あったとしても誰かに伝える必要なんてない。だが、それについての暗黙の圧力はある。

また、子どもがいないことによって、友人知人と集まったときに子どもの話題が出ると「子どもの話ばかりでつまらないでしょう」などと言われる。子どもの話だろうが大人の話だろうが、面白い話題もつまらない話題もあるのだけれど。あるいは、子どもができて初めて守るべきものができて、人生が変わった、などという人もいる。だが、男性の多くは、子どもができたって大して変わらない生活を送っているように見える。相変わらず遅くまで残業しているし、休日にゴルフに行ったりしているではないか。子どもができたことによる変化を語るとき、それは抽象的な表現だったり、心境の変化というものでしかなかったりする。「自分の子供が大きくなったときのことを考えるとこのままではいけないと考えるようになった」などという言い方もなされる。なぜ、それは「自分の」子ども限定なのか。人の子供と仲良く遊んでいると「いいお父さんになれそう」と言われるが、同じように「いいお母さんになれそう」と言われる女性は少ない。なぜなら、おかあさんには女性なら誰でもなれると思われているから、と彼は指摘する。子どもを持つと人間的に成長できる、という人もいるが、そんなのケースバイケースだろう。

…と、彼は書く。つまり、父親であろうとなかろうと、人は成長するし、将来を考えもするし、他者とコミュニケーションをとるということは相手が子供だろうが大人であろうが同質のものである。誰もが子供を持ちたいと願っているわけでもないし、それが当たり前で普通である、という同調圧力のほうがうっとおしい。子どもを持たない自分が、第三者として子どもを持つものや、子ども自身についてみたり考えたりすることにだって意義がある、というようなことをぐるぐると書いているのがこの本である。そして、それはとても面白い。というか、すごく当たり前のことなのに、今まで誰も書こうとしていなかった視点だと思う。

清田隆之(桃山商事)を初めて読んだときにも思ったけれど、男性の側からの視点って必要だな、と思う。子どもを持たない選択を、女性側が世間から責められるのはよく知っているけれど、男性側から見た話なんて初めて読んだ。男性側が、何を考え、どうしたいと思っているのか、ちゃんと言葉にするのは大事なことだ。だって世の中は女だけでも男だけでもできているわけじゃないのだから。

結婚してから子どもができるまで私は五年かかった。その間、どれだけ「子どもはまだ?」と問われたことか。「早く孫の顔を見せるのが親孝行」とどれだけ言われたことか。そして、やっと産んだら今度は「二人目は?」攻撃が待っていた。「一人っ子じゃかわいそう」攻撃がどれだけ続いたことか。年の離れた下の子を産んで、ようやくその攻撃は収まったが、別に攻撃回避のために産んだんじゃないからねっ!!!

「普通」という言葉が持つ破壊力、人格否定力はものすごいものだと思う。年頃になったら結婚するのが普通、結婚したら子供を二人くらい産むのが普通。そんな普通のために生きてるんじゃねーよっ!!と何度思ったことか。

育児の困難を乗り切るために、私は主婦が集まるサイトに出入りしていたのだが、そこで驚いたのは「普通はどうなんでしょうか」という質問、相談のあまりの多さである。「これは嫌だと私は思ってしまうんですが、普通は嫌じゃないんでしょうか」みたいな問いかけには唖然としてしまう。自分が嫌だと感じる、その感情は間違いなく自身の内側から湧き出ているものなのに、それが普通であるかどうかを問わずにいられないのはなぜ?そして、それが普通だと言われればほっとし、普通は嫌がらないよと言われると、嫌だと思ってはいけないのか、と受け止める。え?いやだと思う自分はどこへ行くの?どこに捨ててしまうの?普通であることが、正しいことなの?

少子化だからどんどん生んでほしいとか、女性の皆さんはもうちょっと男性に寛容になってほしいとか。勘違いした政治家の言質は山ほどある。でも、子どもを産むかどうかは個々人の選択であり、産みたいと思えるような社会でなければ産めませんからね。

これまでは、そういうことを、私は女であるから、女性の側からずっと考えてきたわけだが、男性側からも、武田砂鉄さんのような人が、ちゃんと意見を言っていて、そうだよなー、なるほどなーと私は思った。多様性って大事。違いを尊重しあうって大事。普通が正しいわけじゃない。と、ちゃんと書いているこの本は、なかなかいいね、と思った次第であります。

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サワキ

読書と旅とお笑いが好き。読んだ本の感想や紹介を中心に、日々の出来事なども、時々書いていきます。

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