着せる女

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2021年7月24日

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「着せる女」内澤旬子 本の雑誌社

何度も書いているけれど、「大量廃棄社会」を読んで以来、服を買うことから降りたい気持ちが膨らんでいる。一年間に10億枚の新品の服が、一度も客の手に渡らないで捨てられている、という事実を知ってしまったからだ。四枚に一枚の割合で、誰にも袖を通してもらえずに、服が焼却されている。そして、たとえ買われたとしても、買った瞬間から、その服は流行遅れとなることが運命づけられ、何度か着たとしても、数年足らずで結局は捨てられる。捨てるために作られる服。なら、最初から買わなければいいじゃん、と単純に私は思っちゃうのだ。買っても買わなくても、服は捨てられる。なら、私はそこから降りる!と。

そんな私の決意とまったく逆の位置に存在するのがこの本だ。が、面白すぎる。否定できない。連載中から、あんまり面白くて、雑誌が家に届くや否や、この連載だけは先に読んでしまっていたほどだ。そう、イケてないおじさんたちを超かっこよくするスーツがこの世には存在する。それを、選ぶ手伝いをするのが、この本の作者、内澤旬子なのである。

そもそも服に興味がない、しかも、ここ半年ほど、金輪際買うもんかと決意を固めてしまっている私ですら、このスーツ選びの冒険譚は、むちゃくちゃ面白かった。内澤さんもすごいが、イケてないおじさんたちに魔法の粉をかける役割を受けて立つ、バーニーズニューヨークの鴨田さんも素晴らしい。

たかがスーツ。と思うなかれ。こんなにも、スーツの奥は深かった。そして、イケてないおじさんたちが、驚くほどかっこよく、セクシーにキュートにダンディに生まれ変わるのだ。スッキリ隊で我が家に来てくださった浜本さんも杉江さんも、Before Afterの写真付きでこの本に登場するのだが、たしかにとってもかっこよくなっている。

・・・と言っても。本当は、私は、あんまりかっこよくないBeforeの彼らのほうが、好きなのだが。好き、と言うより、安心する。なじめる。たとえば、どこの国の人かわからないような怪しげな高野秀行氏のほうが、シュッとした紳士になっちゃった彼より遥かに好きなんだが。でも、大概の女性は、Afterのほうが好きだと思うから、それはそれでいいんだろうね。

それにしても。人が、本当に好きなこと、夢中になっていることを語るのを聞くのはつくづく面白い。この本だって、スーツが面白い、と言うよりは、スーツが面白いことを夢中で語っている内澤さんが、面白いのだ。そして、それに巻き込まれていくおじさんたちが、面白いのだ。誰も振り向かないようなマイナーな分野のなんでも無い事柄だって、好きで好きでたまらない人が、それについて熱く語ったら、きっと面白くなるに決まっている。だって、その人は、心底、それにのめり込んでいるのだから。そこには絶対に分厚いエネルギーが充満しているから。

これを読んで、バーニーズニューヨークでスーツ買っちゃおうかなあ、そうすれば、おれも若いお姉ちゃんと不倫できるくらいかっこよくなれるかなあ、なんて下心を膨らませるおじさんたちがいっぱい出てくるんじゃなかろうか。でもね。やっぱり、内澤さんくらい、情熱を傾けて、スーツに夢中になる人がそばにいないと、上手に選ぶのは難しいと思う。何を目的として、どんなテイストが良いのか、きちんと答えられるかね、君たちは(笑)。ただモテたいだけでーす、だけでは、主張のあるスーツはやっぱり着こなせないのだと思うよ。

グラビアがもっと大きくても良かったなあ。何度も写真のページと本文を行ったり来たりしながら読み進めてしまった。楽しい本だった。すっごくおすすめ。皆さん、読んでね。

2020/3/2