福島第1原発潜入記

福島第1原発潜入記

2021年7月24日

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「福島第1原発潜入記高濃度汚染現場と作業員の真実
山岡俊介   双葉社

テロ攻撃を受けたり、プルトニウムなどを盗まれたら、とんでもないことになるから、厳重な上にも厳重な警備がなされていなければならないはずの原発に、ごく簡単に潜入できることを実際にやって確かめた本。そのあまりのあっけなさに、膝の力が抜ける。

最初は作業員として潜入することを計画していた筆者だったが、それでは撮影がしにくい上に、長期間拘束され、原稿を書く時間が取れないし、第一、既に作業員が撮った写真が幾つかの雑誌に載っていたりしたので、気乗りがしなかったそうだ。それなら、正規の手順を踏んで作業員としてはいるのではなく、あくまでも不法にこっそりと忍びこむのはどうだ、ということになる。下手をすれば不法侵入で逮捕されるが、現行犯でなければまず大丈夫だろうと弁護士も太鼓判を押し、決行に至った。

どのように潜入したかは、この本を読めばわかるのだが、簡単に言ってしまえば、ほとんどノーチェックで、何の問題もなく入れちゃったのだ。そして、三号機建屋の50m距離まで接近。それ以上は崖があって無理だった。そこで記念写真を撮って、帰りも何の問題もなく、東電の作業員用のバスに乗って、帰れちゃったのだ。

全体に、この本はかなり軽いノリで書かれている。が、書かれている内容は、恐ろしいほど深刻である。作業員の被ばくチェックなんて、全然まともにされていない、どころか、どこの誰が、何人、どこでどのような作業をやっているかも、全体的に把握されていないことがわかる。様々な下請けが、それぞれに人員を用意し、配置し、担当部署で作業していて、東電は自分の社員しか把握していないようだ。

筆者は、現場でうっかり靴にかけたカバーを破ってしまい、靴を濡らすが、そのまんま、東京に帰る。その靴で出版社に向かい、そのことを話すと、編集者は後退りして、それを処分しろ、と恐怖に怯える。そりゃそうだ。なんて恐ろしい、と思う。しかし、たぶん、現場にいた人間は、そんな感覚になってしまうのだろう。だって、放射能は、目に見えない、匂いもない、直ちに健康に被害もない、何も変わらず、何の影響もない、ように思われるのだもの。

この本には原発作業員へのインタビューも掲載されている。

下請け作業員の多くは多重債務者であるという。暴力団関係者が人集めをしているという実態もある。とある作業員によると、時給は一九〇〇円で他の現場と特に変わらない、ただ危険手当が五〇〇〇円つくという。だとすると、元請けのゼネコン、下請けの中堅建設会社、そして人集めの某社がそれぞれ一万円ずつ抜いている可能性がある、と筆者は言う。作業員に、放射線の危険性に関する説明は一切されなかったそうだ。放射線管理手帳というものがあるということすら知らされずに作業に入り、後に請求したが、未だに渡されていない、とも言っている。作業を終えて帰るときに、被曝量のチェックを受けると、線量計の針が最高値まで振り切れる。すると、フィルターを変えろ、と言われるのだという。

作業員のエピソードは恐ろしいものがたくさんある。被曝量が限度を超えると、他人名義で入らされる。放射線除去作業中に、パイプから水が漏れ出し、足が濡れて、それが三日後からひどく痒くなったので、病院に行ったら「食中毒」と診断された。被曝による病気であるとしか思えなくても、絶対に因果関係は認めてもらえない。(診断したのは、原発事故で患者を捨てて職員が逃げ出したという双葉病院である・・)

現場で一番危険な作業をしているのは、社会の底辺にいる人達である。そして、彼らは、危険を認知していない。実際に健康被害が出たときに、だれもそれと原発との関わりを認めてはくれない。本当は、原発の作業のために命を失った人は、今までにもたくさんいたのだ。いたけれど、顧みられなかったのだ。そもそも、東電は、下請け、孫受けの作業員を全く把握していないのだし、中間業者は、被曝量する作業員には知らせないのだから。

事故が起こる前から、この問題は存在していた。しかし、事故が起きたいま、通常よりさらに危険な現場で危険な作業をしている下請け作業員は、まさに、捨て駒として使われているのだとしか思えない。

原発は安全だと言い続けた御用学者たちを、私は許せない。

2011/11/18