薄目を開けて生きるのも悪くはないけど(その1)

 
 
2月13日に左目の白内障の手術を受けました。
 
手術を勧められたのは、まだ暑い頃のことでした。当時は父の様態も不安定で、いつ呼び出されるともしれず、「今じゃない」と先延ばしにしてもらっていたのですが、11月に父が亡くなり、ある程度落ち着いた時点で眼科医に報告したら、その場で手術予定日を決められました。
 
手術直前の左の視界には、正体不明の海老のようなものがうっすらと浮かび、やや霞がかかっていました。それでも右目が補ってくれていたのか、日常生活に特に不自由はなかったのです。
 
母が白内障の手術をしたことがあって、そのときは付添いに行きました。日帰りで、待合室で待っていたら、あっという間に終わったという記憶があります。ところが、私の場合、二泊三日で入院せよ、と。そんなに大層なものなのだろうか、とかえって不安でした。ありふれた手術なのになあ。
 
手術前日、指定通り11時頃に行ったらベッドに案内され、荷物を片付け、昼食が出ました。そのあとは入院生活の諸注意と病棟の案内、それから目薬を一回挿して、夕食まではフリー。退屈です。これなら、目薬だけ貰って、明日来ても良かったじゃーん、と拗ねてしまった私。病室は七階ですが、一階にスタバがあるので、降りていって抹茶ラテなんぞを飲んでみました。オールミルク、シロップ抜き。スタバのカスタマイズを勉強して、実践してみたのですが、なかなかうまい。運動不足解消のため、往復は階段を使いました。最後はハアハア言っちゃったわ。ふくらはぎにちょっとダメージが。
 
夕食後に主治医の簡単な診察。機械で目の奥を覗いただけ。でも「明日は頑張りましょうね。」とにっこり言われて、ちょっとだけ安心しました。
 
前日に入院するのは、結局は本人の身柄確保が主要な目的なのね。やったのはすべて通院で済むことだけだもの。ま、退屈は予見していました。最初はカバンに本を二冊入れましたが、待てよ、ともう一冊、更に保険のためにもう一冊。結局、初日に二冊、読み切っちゃいました。足りなそうだわ、どうしよう。
 
テレビカードを買って、テレビもチラチラ見たり、10時前に消灯してからは、持ち込んだラジオをイヤホンで聞いたりしました。その後、ぐっすり眠ったのに、夜中の二時過ぎくらいに目が覚めました。隣のベッドでガサガサと音がしています。パキパキ、パリ、シャクシャクシャク・・・。何かのパッケージを開けて、咀嚼する音です。お隣さん、お腹が空いちゃったのでしょうか。その後、ちいさいけれど、ラジオだかテレビの音までし始めて、おいおい、眠れないじゃないか、と呆れながら、でも、いつの間にか眠ってしまいました。
 
朝が来ました。どうやらお隣さんは何らかの手術後らしい。糖尿があるので、毎朝血糖値を測ります。「高いわ・・おやつか何か食べた?」と看護士に問われ、「いや、病院食だけ。」と答えているのが聞こえます。いやいや、その人、夜中になんか食べてますよー、とは言わない私。個人情報だものね。彼女、術後の回復のために廊下を歩くよう、看護師に諭されています。食後、しばらくして「一緒に歩きましょう」と看護師が誘いに来ましたが、「もうさっき廊下を六周もしてクタクタだわ。」ですって。ずーっとベッドにいらっしゃいましたけどね。
 
朝食後、処置室に、私を含め、本日手術を受ける五人が招集され、手術の簡単な説明と術後の注意事項のレクチャーがありました。私以外はみんなおじさん、というかおじいさんか。隣りに座ったおじ(い)さんと、「怖いですよねー。痛かったらどうしよう。」なんて話します。「私ね、今日、片方やって、一週間後にもう片方やるんですよ。」ですって。私は、左だけなんです。その方、ニコニコ笑ってるけど、不安そうです。他のおじ(い)さんたちは、ぶすっとしている。こういう時、男の人達はあんまりおしゃべりしないのよね。ひとりでも喋ってくれる人がいて良かった。
 
そんな人間模様を見るくらいしか、することのない私。手術は午後からなので、相変わらず暇です。三冊目も読んじゃいました。もう一回スタバまで降りて、今度はカフェラテ、フォームドミルク多めのカスタマイズをやってみます。売店で新聞と雑誌も買って、七階まで歩きで登ります。ふくらはぎがまたもやパンパンです。運動不足だなあ。
 

2019/2/16