Butter

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127 柚木麻子 河出文庫

2018年に一度読んでいる。が、少しも覚えていない。どうした、私。

この小説は首都圏連続不審死事件の木嶋佳苗をモチーフにしている。木嶋佳苗とは、婚活を利用して多数の男性から金銭をだまし取ったり自殺に追い込んだとされており、既に死刑が確定している女性である。

本書を最初に読んだ頃、私は木嶋佳苗という女性に興味があって、彼女にかかわる本を何冊も読んだ覚えがある。そういう視点で手に取ってしまったので、本書の木嶋に取材する記者が主人公のストーリーがあまり心に残らなかったのかもしれない。当時は事件があまりにも生々しく、どうしても犯罪の手口や被害者の心情などが気になっていた。だが、犯罪の経過はこの本にはほとんど出てこないので「なーんだ」と思ったのかもしれない。そんなわけで、ほとんど覚えがなく、であるがゆえに実に新鮮に読み返した。今回は八月末にある読書会の課題図書なので、丁寧に読んだ。そうしたらすごくおもしろかった。読み返して本当に良かった。

婚活サイトを利用して何人もの男性から金を奪い、死に至らせた罪に問われているカジマナこと梶井真奈子。彼女は逮捕直前までブログを書いていた。そこにはあふれる美食とぜいたくな生活が描かれていた。食べ歩きやお取り寄せが彼女の趣味であり、料理は相当の腕前だったらしい。それもあってか彼女はかなり太っており、若くも美しくもなかった。ブスでデブが男性をだました。そのことが、衆目を集めた。

事件の真相を追及して記事を書きたい主人公の里佳は拘置所に拘留されているカジマナにアプローチするが無視される。多くのマスコミが同じように拒絶される中、逮捕直前に彼女が作った料理のレシピを尋ねることでカジマナの心を射止め、ついに面会に成功する。そこから、カジマナと里佳の交流が始まり、里佳や彼女をめぐる人々は様々な出来事に巻き込まれていく。

この物語には多くのテーマが潜んでいる。ルッキズムをはじめとする世間が女性たちに求めるもの、そしてそれにこたえるために疲弊していく女性たち。家族とうまく関われずに家庭からはじき出されていく父親や、努力することこそが価値があるという価値観にからめとられている人々。他者の評価や称賛のために行動し、自分を見失っていくこと、そして人と緩やかに関わり合い、信頼し合う関係性をいかに取り戻していくかということ。

多くを詰め込み過ぎているきらいはあるが、すべてはつながっている。太るから、健康に悪いからと忌避されがちのバターのとろける美味、それを口に入れる喜び。相手への違和感を黙って飲み込めばすべてが穏やかにすぎていくのに、どうしても我慢できなくなる瞬間。自分の感覚や欲望と、社会の承認のはざまで私たちがいつも感じる違和感。そういったものがいくつかのシチュエーションの中で何度も描き出されていく。

それにしても、さすが「ランチのアッコちゃん」の作者である。次々に登場する料理の数々がどれも実においしそうなのだ。質感、立ち上る湯気、漂う香り、口に含んだ感触、そして味、飲み込む瞬間に至るまで、実に素晴らしい。読んでいるとおなかがすいてくるようだ。そして、料理をしたくなる。私もカジマナに巻き込まれた一人になってしまいそうだ。

おいしいものを食べることは、人生の至福の一つであり、大きな価値のあることである。社会で何かを成し遂げたり、名声を得ることもさることながら、食を作り出し、共に味わうこともまた、大事な大事な価値ある業績の一つのようにすら思う。

ちなみに本書は2024年に英訳され、イギリスで四つの賞を受賞し、日本でも野間出版文化賞を受賞している。。最初は新潮社から出版された。私が過去に読んだのも新潮社版である。だが、週刊新潮に掲載された差別的なコラムをめぐる問題から、作者は作家の意思表示としてこの本の版権を引き上げて河出書房から新たに出版することにした。その姿勢も含めて彼女を評価、応援したく、新たに河出文庫版を購入した次第である。