132賀茂道子 光文社新書
第二次世界大戦後の日本占領期にGHQ民間情報教育局は、「ウォー・ギルト・プログラム」を実施した。日本を二度と米国の安全を脅かさない民主主義国家に作り替えるため、政治制度改革だけではなく国民の意識改革も必要であるという意図によるという。
その政策を初めて世に知らしめたのが江藤淳である。江藤はこのプログラムのごく一部の文書を偶然入手したに過ぎなかったが、これを根拠に一部の保守論壇ではいわゆる「自虐史観」という言葉が広がった。GHQが検閲をもとに情報発信を行って戦後日本の歴史記述のパラダイム転換を起こし、それによって日本人は洗脳された、という言説である。この洗脳言説は根強く広まったが、にもかかわらず、「ウォー・ギルト・プログラム」とはどのようなものであったか、それがどのように実施され、どのような影響を与えたのかはほとんど研究されずに来た。本書は、その政策がどのように立案、実施され、日本人がそれにどのようにかかわり、影響を受けたのかを第一次資料を基に論じている。
私自身はこの「ウォー・ギルト・プログラム」という名前すら、ごく最近初めて知った。いわゆる「自虐史観」という言葉に対する違和感は持っていたが、それがなぜどのように形成された造語であるかには無知であった。この本は、戦後のGHQ民間情報教育局の政策立案実施過程が綿密な資料調査に基づいて書き起こされており、とても分かりやすいものであった。そして、日本人がGHQの思い通りに洗脳されたまま七十年以上も過ぎてしまった、という言説がむしろ日本人に対して失礼な…というと感情論になりそうだが、そんなに単純な流れではない、と改めて理解するに至った。
「ウォー・ギルト」とは戦争の罪に関する言葉である。うまい日本語訳はなかなか難しい、と筆者も書いているように、そもそも日本にはそういった概念が浅いのではないか、と私も感じた。日本人にとっては、戦争は誰か上の人が決めて起きてしまうものであって、自分たちはそれに巻き込まれただけ、命令され、指示された通りに動いていただけで、自分たちにその責任があるわけではない、という意識が強かったのではないだろうか。少なくとも、私が幼いころ、両親から聞かされた戦争とはそういうものであったと思う。父などは、自主的に予科練飛行兵となって、もう少し戦争が長引けば特攻で死んでいたかもしれない人間であったが、そんな立場にあってなお、自分自身の中に戦争に対する責任や罪といった意識はなかったように思う。
本書の中の、非常に印象的な部分を、やや長いがふたつ抜粋したい。ひとつは、「ウォー・ギルト・プログラム」を立案、実施する側の意識である。
捕虜に食事を与えないばかりか、顔が変形するほど殴打したり、病気のまま放置したり、兵士に度胸をつけさせるために刺突訓練の標的にすることは、ジュネーブ条約違反であるだけでなく、人道上も許されないことなんですよ。占領地の住民を子供も含めて虐殺することも人道上の問題です。自国の兵士を消耗品のように扱い、自決を強要し、勝てないとわかっていて突撃させることも、志願という名目で特攻を強要することも、同じように人道上許されないことなんです。人には尊厳というものがあります。それをわかってください。命令されたからといって何も考えずに従うんですか。
これに対する日本人の側の考えは以下のようなものである。
確かに、日本軍の行為は許されることではないと思います。たとえ無差別爆撃をしたB29 搭乗員だからといって、衆人環視の中で首を切り落とすなんて野蛮なことです。でも、上官の命令に逆らえますか。軍隊だけではありません。日本では上から言われたことに反すれば、社会からはじき出されます。それは自分だけでなく家族にも及びます。捕虜を殴ることだって、私たちが常日頃やられていることを行ったにすぎません。「人として尊厳」って何ですか。そんな教育を受けたことはありません。それにあなた方も同じことをしているではないですか。無差別爆撃や原爆投下でどれほどの民間人が苦しんで死んでいったのかわかりますか。これは明らかに非人道的な行為でしょう。勝者は裁きをうけなくてもいいんですか。
どちらの言葉も、胸に突き付けられるような内容である。当時の日本人が個というものを持たずにいたということは確かだと思うし、さらにいうなら、今現在だって、どの程度私たちが個を確立しているかというと怪しいものである。ひどい行いは人道上の罪であると知りながら、いまだに入管の収容施設などでは病人を放置したり、暴力がひそかに振るわれていたりする現実もある。一方で、日本の主要な都市のほとんどは、かつて激しい空襲を受け、そして広島長崎には原爆が落とされ、いまだにその傷跡は残っていながら、それが罪であると認知しない米国人が多数いることもまた確かである。
何かひどいことが国家規模で行われようとしているとき、私たちは個としてそれに立ち向かい、NOを言い、拒絶できるだろうか。その問いは戦後日本だけでなく、例えばハンナ・アーレントのアイヒマンの裁判における「悪の凡庸さ」の指摘にも見出される。それは永遠に私たちすべてに突き付けられる問題なのだ。
三段階に分けて行われた「ウォー・ギルト・プログラム」は第三段階で失速し、必ずしも貫徹されたものではなかったし、私たち日本人の意識も、決して大きく変革されたわけではなかった。私たちは変わらず、上に従いがちであり、自分たちに責任はないと感じがちであるままだ。
「ウォー・ギルト・プログラム」によって洗脳された我々は誇りを取り戻さねばならない、という「自虐史観」的言説は、このプログラムの目指したもの、実施された内容と、それへの日本人の反応を見る限りにおいて何か見当違いであるとしか思えない。むしろ、そんなプログラムでは決して払しょくできない大きな問題を、日本人だけでなく、米国も含めた全世界がいまだに抱え続けているだけであるとしか考えられない。
私たち日本人の歴史観を「ウォー・ギルト・プログラム」の責任にして大きく変革させようとするある種の願望のようなもの。それがいまだに生まれ、持続され続けているということそれ自体が、人間としての誇りとは全く違う方向性を持ったものであると思えてならない。
(引用は「GHQは日本人の戦争観を変えたか」より)