ゴキブリ・マイウェイ

ゴキブリ・マイウェイ

59 大崎遥花 山と渓谷社

ゴキブリという表記自体がすでにダメで、せめて「G」と書け、と要求する人すらいるこの生物。わが母が徹底的にダメ派の人で、遭遇しようものならこの世の終わりの様に泣き叫び、その後、彼らの殺戮駆除に邁進する。だが、実は私はそれほど苦手ではない。なのでこの本も特に抵抗なく読めたというわけだ。

調査、採集のため沖縄に行った著者は、重いスーツケースとリュックを抱えて空港を足早に歩く。一見ありふれた光景ではあるが、実は荷物の中はどちらもゴキブリでいっぱいである。そんなことがばれたら(違反ではないが)大騒ぎになる。中身は何かと問われると「…土です。」と答えるしかない。まあ、それもあながち嘘ではないが。

ちなみに著者の研究しているゴキブリは、家屋に出没する害虫と呼ばれる種類ではない。森林で朽木を食べて生息しているひっそり系ゴキブリである。彼らがいなかったら、朽木や落ち葉の分解が進まず、森林は倒木だらけとなり、土壌はやせ衰えるであろう。生態系の一翼を担う重要な存在でもあるのだ。

著者の研究対象は「翅の食い合い」である。実に謎の行動である。クチキゴキブリのオスとメスは、配偶時(交尾前後)に互いの翅を食べ合うのだ。それも、付け根付近まできっちり食い合い、翅は再生しないので、食われたら最後、一生飛べなくなる。こんな行動は全世界の全生物の内、タイワンクチキゴキブリでしか見つかっていないという。それも、襲い合うというよりは、互いに心地よさそうに、のんびりと互いに食べあって行くというから驚きである。

なぜそんな行動をするのか、それがどんな意味を持つのか、が著者の大きな研究目標である。その研究に至った経過や、どのような調査研究を、ほかの研究者のどのような指導や協力のもとに行っているのか、そしてそれらの研究の発表がどのように行われ、研究者はどのように生活しているのか、職業としての研究者とはどのようなものなのか、などなどが書かれている。

私の家族にも研究者がいて、それを職業として生きていくことの苦労を目の当たりに見てきたので、その辺りの描写が実に興味深かった。惜しむらくは、もう少し研究内容に踏み込んで書いてほしかったのだが、それは論文発表するべき内容であり、また、研究途上のため、簡単には内容を明らかにできない現状があるのだろう。

それにしてもこれを読むと、著者のゴキブリをはじめとした昆虫全般、そして生物への深い愛情がしみじみと感じられる。研究者とは、何かを心から愛し、それをどこまでも知りたいと願う人たちなのだと改めてわかる。そして、大好きなものについて語る人の話は、いつだって面白い。