ミシンと金魚

ミシンと金魚

66 永井みみ 集英社

すごい、と思う。傑作じゃないか。「0.5ミリ」も老人問題がテーマだったが、あれは介護する側から描かれていた。この本は、認知症の老婆のひとり語りである。それも、真に迫った魂の叫びだ。

物語は病院の待合室から始まる。患者を診ずにPCの画面を見ながら必要もない薬を処方する医師に、付き添いのヘルパーみっちゃんが雄々しく立ち向かう。みっちゃん、かっこいい。主人公は、自分が老いていることすらよくわからない。付き添いやヘルパーは全員「みっちゃん」である。なぜ「みっちゃん」なのかは、語りの中で徐々に明らかになる。

老婆のこれまでの人生が、彼女の語りで明らかになっていく。たいへんな人生。ミシンを踏んで人生を生き抜いてきた、ささやかな日々。いまはすぐに教えられたことを忘れる、自分で立ち上がることも難しい。けれど、心は生きている。

幸せな人生だった、と彼女は言う。幸せって何だろう、と思わず考える。糞便にまみれて、うまく咀嚼もできず、季節もわからず。つらいことも忘れず、でも、幸せだったことも確かにあって。こんな風に人生は終わっていくのだとしたら、最後に何を思うかで、人の幸せは変わるのかもしれない。

老人の物語がしみじみと身に染みる年齢になってしまったのだなあ。私の人生だって残りは限られている。だから、大事に生きたいと思う。誰かに認められたりすごいと言われるのではなく、私自身が幸せで、笑っていられる時間を、少しでも多く生きたい、と思う。人は死ぬまで心も生きている。そのことを、大事にしたい、忘れずにいたい。