海獣学者、クジラを解剖する。

海獣学者、クジラを解剖する。

2024年6月10日

60 田島木綿子 山と渓谷社

著者は国立科学博物館筑波研究施設所属の海獣学者である。この人がTBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」にゲスト出演した回を聞いていた。とても面白い話だった。そうしたら、夫がこの本を借りていた。「クジラのストランディングの解剖が臭いって話、載ってた?」と聞いたら「匂いの話はいっぱい載ってたよ」というので読むことにした。いったいどんな動機だ(笑)。

クジラなどの海洋生物が浅瀬で座礁したり、海岸に打ち上げられる現象をストランディングという。大半は既に死体となっている。こうした死体を解剖し、試飲やストランディングの経緯を研究するのが著者の仕事である。

ストランディングは、いつ、どのように発生するか事前に察知することはできない。そして、ひとたび起きてしまえば、すぐに駆け付けて調査解剖を開始しないとならない。クジラやイルカは体が大きく、刻々と腐敗が進むのでただ事で無い腐臭が起きるし、場所も取る。近隣には大変な迷惑ともなる。

だが、とても貴重な資料でもある。日常を海で過ごす彼らの全体像をとらえられる大チャンスなのだ。なので、どんなに大事な用があろうが、どんなに臭かろうが、彼ら海獣学者たちはすぐい駆け付け、調査研究を開始する。検体を取り、骨格標本を作る準備を行い。内臓を調べる。体中にすさまじいにおいがへばりつき、ひと仕事終わった後は、体中を洗い流さねばどこへ行っても異臭騒ぎで大混乱を引き起こすこととなる。

なので、近隣の浴場などで丁寧に洗い流すのだが、それですら、全員で一斉に押し寄せると大問題になってしまうので、できるだけにおいの素を排除したのちに、分散してひっそりと入浴に向かう、それでも時として何か変なにおいがする、と人々が原因を必死に探し出す現象に出会うことになるという。着衣をすべて替え、浴場で頭の先から足の先まできれいに洗い流した著者のそばで老女が「なんだかクジラの匂いがする」とつぶやいたことがあるという。解剖中に傷つけた指先に貼ってあった絆創膏が盲点であった。そのわずかな場所からの匂いで、彼女は幼い頃に食べた鯨肉の匂いを思い起こしたのだ・・・。

というような話を、ラジオでも聞いて非常に興味深かったのだが、そこから話は始まって、さすがに一冊の本である。クジラ、イルカ、オットセイ、スナメリなど様々な海洋生物やその生態、解剖の苦労などなどが豊かに語られており、文章も上手なのでとても楽しく、一気に読める。「ゴキブリ・マイウェイ」では昆虫への愛をひしひしと感じたが、この本からは、海洋生物への深い深い愛を、これまた強く感じ取った。

好きなものの話は、いつだって面白い。