伊集院光と大江健三郎 その1

2021年7月24日

以前にも書いたように。「いいとも!」が終わったのをきっかけに、伊集院光のラジオをネット経由で聞くようになった。一人で食事するのが嫌いなので、なにか音源が欲しかったからだ。

伊集院光のラジオが面白いというのは、小林信彦のエッセイで読んでいた。聞いてみたら、なるほど、面白い。基本、くだらないこと、シモネタ、バカバカしいことを中心にしゃべっているのだが、その根底に、とても強いものがある。真面目すぎるほどの誠実、知性、寛容と頑なさ。

高校中退で、落語家出身、130kgの巨漢にしてスポーツ好き。野球は芸人でチームを組んで定期的に試合をしているし、ランニングは小さな駅伝大会に参加 するほど。自転車は、東京の自宅から出発して日を分けて掛川あたりまで走って行ってしまうほど。雑学王として名を轟かせながら、番組で「インテリ軍団」に 組み入れられることには抵抗を感じる。実力とコンプレックスが微妙に絡み合ったこのキャラクターは実に絶妙である。

過去の彼のラジオ番組を検索してあれこれ聞いているうちに、驚くべき回にぶつかった。基本、くだらないことしか言わない彼の番組に、ノーベル賞作家、大江健三郎がゲストに来ているのだ。

ここから先は、私の記憶で書いているので、実際とは微妙に違っているかもしれない。あくまでも、私はそう受け取った、ということで読んでほしい。

高名な作家を前に、伊集院氏がどのような対応をするのか・・・と息を呑んで聞いていたら、彼はきっちりと真正面からぶつかっていった。

自分のようにラジオをやっている人間は、もちろん話すことに責任は持っているつもりだが、表現の全てはその場で消えていってしまう。小説を書くという作業 は、その何もかもが残っていくという点で、それとはまったく正反対のものであると感じる。ぼくが生放送にこだわるのは、収録で何度も取り直しをしていく と、同じ話がだんだん変わっていって、たとえば最初は笑っていたのに、だんだんに怖い話になってしまうようなことすらあるからだ。大江先生にとって、書くという作 業はどのようなものであるのか、と。

大江氏は、こう答える。自分は最初、書きたいことを自由に書く。そこから作業が始まる。何度も何度も読んで、書き直して行くうちに、自分の文体というもの が出来上がってくる。確かにそのうちに、内容が思いがけなく変質し、怖いものになっていくこともある。むしろ、自分はそれを伝えたいのかもしれない、と。

大江先生の書く難しい小説は、自分のような学のないものには理解できないと思っていたが、とても感銘を受けた一作がある、と伊集院は「自分の樹の下で」に ついて語りだす。作者の子ども時代の話を読んでいうるちに、自分も子ども時代、そんなことを考えていた、あんなことも考えていたなあと次々に思い出した。 たとえば、物語が右手について語っているその時、自分の左手には何があったか、そんなことがありありと想像できるのだ。そういう意味で、この 小説は、タイムマシンだと思った、と。

大江氏はそれに嬉しそうに答える。あなたは立体的に物語を読める人なのかもしれない、と。

大江氏が何度も何度も書き直しをする、そのエネルギーはどこから来るのか、その結果出来上がったものが、読者に伝わっていくのだという確信はどうやって得 ているのか、と伊集院は尋ね、大江氏は、そんなことは自分は心配しない、と答える。小説を書き上げるのが自分の仕事である、と。

話はそれから大江氏の妻の兄であり、師匠でもあるという伊丹十三の話になる。伊丹氏は、自作の映画にあんなに集客があってもなお、もっと多くの人に見てもらいたい、受け入れられたいと願い続けていて、それがあんな悲しい結果につながってしまったのではないか、と伊集院が遠慮がちに話す。

すると、それを受けて、大江健三郎は驚くべきことを話し出すのだ。
2014/7/4

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