同志少女よ、敵を撃て

同志少女よ、敵を撃て

64 逢坂冬馬 早川書房

何度か書いているけれど、人が死ぬ話は嫌いなのよ、基本的に。だのに、これはもうあなた、じゃんじゃん人が死ぬ。殺すし殺されるし殺し合うし。しかも、残虐に、無茶苦茶に。だのに読み始めたら読みやめられないのって、つらすぎる。そうして読み切っちゃった。夢見が悪い。どうしてくれるのよ。

第二次世界大戦中、戦いを選んだ女性狙撃兵たちの物語。戦争は、もともと男たちの戦いの場であったのに、家族を殺された彼女たちは優れた狙撃兵として鍛え上げられる。敵を次々と倒しながら、自分たちも仲間を失っていく。戦地では女性が凌辱され、惨殺されていく様を何度も見せつけられる。一体、何のために、誰のために、なぜ、戦うのか。幾度もその問いを突き付けられながら、戦いの日々は過ぎていく。

戦いの場面場面がリアルすぎる、残虐すぎる、つらすぎる。だのに途中で読みやめられないリーダビリティを恨む。読むのはつらく苦しいものだったというのに、どうしてもやめられない。いまウクライナで同じことが起きている、と思うと余計に、だ。戦争は人を狂わせる。人間を踏みにじる。女性は二重の意味で、さらに傷つけられる。

「ソ連兵へ差し出された娘たち」「エルサレム(以前)のアイヒマン」「羊は安らかに草を食み」などを思い出した。戦争の恐ろしさを、誰もが知っているのに、なぜ、人は繰り返すのだろう。なぜ、経験に学ばないのだろう。私たちはどうしたらいいのだろう。ありふれた言い方だけれど、私にも、それしか言えない。