ラジオ福島の300日

ラジオ福島の300日

2021年7月24日

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「ラジオ福島の300日」 片山京子とラジオ福島 毎日新聞社

 

ラジオが好きだ。野沢那智、白石冬美、永六輔、小沢昭一、愛川欽也、タモリ、久米宏・・・etc.。みんな、最初の出会いはラジオだった。受験勉強に疲れた夜、音を潜めてラジオを聞いた。ラジオパーソナリティは、私一人だけに語りかけているように思えた。ラジオを聞いている人みんな、そう感じるのだろうということもわかっていた。人と人とがつながり合うこの感覚。テレビには絶対ない温かみが、ラジオにはあった。
 
「ラジオ福島の300日」は東日本大震災から、ラジオ福島という局がどのように地元の人々に寄り添い、情報を伝え続けたのかの記録である。社員全員で50人にも満たない小さなラジオ局が、震災後、ずっと災害報道特別番組を放送し続けた。何が起こっているかもわからず、情報を得る手立てもない中で、彼らはツイッターやインターネットを駆使し、時にテレビからの情報を、テレビからだと言いながら伝え、現場を歩き、発信し続けた。安否情報や、生活物資情報、どこの店に何があって何時からどの程度売るかなど、細かな情報を送り続けた。日の出まであと何時間です、頑張りましょう、という声がどれだけ被災者を勇気づけたことか。地元ならではの人びとに密着した大事な情報が、どれだけ役に立ったことか。
 
局員たちはガソリン節減のため局に泊まり込み、他県からやってきた若い女性アナウンサーは実家の心配を振り切って報道をし続けた。事務職たちは食料やガソリンを集め、放送を支え続けた。リスナーから食料などの差し入れもあった。福山雅治、爆笑問題などのビックネームがこの小さな局に出演を申し込み、現地に入って被災者と話し合った。音楽を無償で流すための交渉に力を注いでくれた機関もあれば、関西から励ましに来てくれたラジオ局もあった。
 
報道を続けるためにCMをカットし、聴取率と裏腹に経営は悪化したが、多くの人の支えが会社をなんとか持ちこたえさせた。ラジオ福島は、日本民間放送連盟賞を二部門受賞した。
 
ラジオは、災害に強いメディアである。この未曾有の大震災を経て、ラジオ福島は、「伝える」だけでなく「寄り添う」「共にある」が必要であると気づいた。ラジオを、災害時だけのものとしてでなく、常から聞いてもらうことで、災害時により強い力を発揮できるものにしたいと彼らは考えている。がんばれ、と心から願う。
 
ラジコができて、ラジオはまた身近になった。ネットやスマホでラジオが聞ける。タイムフリーのシステムができてからは、さらに楽しい。今まで敷居が高かった深夜放送や、同時刻にかぶっている番組も聞けるようになったのだ。私はここ数年、ラジオを聞きながら家事をしている。ラジオは楽しい。そして、相変わらず私一人に語りかけてくれているみたいだ。
 
ラジオの力を知ってほしい。頑張ったラジオ局がいること、それに人びとがどんなに助けられたかも、知ってほしい。ラジオは、いいよ。
 
 
 

2017/1/5