リンドグレーンの戦争日記

リンドグレーンの戦争日記

2021年7月24日

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「リンドグレーンの戦争日記」アストリッド・リンドグレーン 岩波書店

 

「長くつ下のピッピ」は、私には特別な物語で、リンドグレーンは、特別な作家である。彼女が亡くなって15年以上経つのだが、訃報に接した時、私をよく知る友人からは、実母が亡くなったかのようにお悔やみをもらったのを覚えている。
 
「長くつ下のピッピ」は、リンドグレーンの娘カーリンが病気の時に枕元で話してあげた物語が元になっている。この本は、1939年から1945年の彼女の日記だが、ちょうどその中でカーリンが熱を出し、長くつ下のピッピの話を聞かせてやるエピソードが登場する。その臨場感に感動してしまった。
 
本当は、この日記はそんな穏やかな日常の話じゃなくて、スウェーデンにおける第二次世界大戦時の情勢を克明に記録したものなのである。なんとリンドグレーンは戦時中に秘密の司令を受けて、検閲局で手紙の検閲の仕事をしていた。海外とやり取りされる手紙を毎日読んでいたから、各国の状況がどのようになっていたかがリアルに分かる立場にいたのだ。
 
スウェーデンは中立を貫いていたので、現実に戦禍にさらされることはなかったが、隣国のフィンランドがドイツとソ連に翻弄されたり、バルト三国がひどい目に合わされているのを肌身に感じる位置にあった。また、食料がどんどん不足していく中で主婦として家族の食べ物を確保することに苦心していた様子も描かれている。
 
ヒットラーやムッソリーニに対して非常に辛辣な批判を行い、ユダヤ人の悲運に対して心を引き裂かれ、怒りを込めてあらゆる新聞記事を切り抜き保存し、フィンランドの人々へ今、自分ができることを考え、バルト三国を心配し、最後には遠く日本に落とされた原子爆弾について将来への不安を書き記している。より正しい視点を持てるために何冊もの歴史書を読み、絶望しながらも、ひとかけらのユーモアをいつも忘れていない。
 
その中で、時として息子の成績に苛立ち、娘の反抗期に困り果て、そしてどうやら夫との間にも暗雲立ち込めた時期もあり・・・・つまりごく普通の家庭が持つトラブルも同じように起きているのが垣間見える。
 
私にとってリンドグレーンは理想の作家であり、母親でもあったので、彼女も時として子どもに苛立ったり困り果てたりしていることが、なんとも新鮮、かつ、そうか、それでいいんだ!という発見でもあった。
 
後にカッレくんシリーズにも引用されるシェークスピアの言葉がこの日記にも登場して、おお、カッレくん、と思ったりもした。ピッピの話をしてやることは、彼女にもとても楽しいことだったことがわかって、なんとも嬉しくもあった。
 
第二次世界大戦というと、日本がどうであったか、ということが一番になってしまう。そして、その次は、アメリカだったり、ドイツ、フランス、イギリス、イタリアあたりの情勢が知識としては残っている。遠く北欧の国々が、どんなふうにその時期をくぐり抜けたのか、を考えたことがなかったので、新鮮というか、新たな視点をもらった気がした。フィンランドやエストニアなど、昨年訪れた国々にどのようなことが起きていったのかがリアルに描かれていて、とても身近に感じられた。
 
これは児童文学者の本というよりは、ひとつの歴史書として貴重な本である。

2018/1/15