不思議な羅針盤

不思議な羅針盤

2021年7月24日

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「不思議な羅針盤」 梨木香歩 文化出版局

梨木香歩のエッセイ集。「ミセス」という雑誌の連載を本にまとめたもので、掲載誌のカラーを反映してか、上品で静かな文章が多い。もともと、梨木さんはそういう方だし。

2010年12月発行。まだ世界が静かで平和だったころ。とはいえ、そのころも、教育のために徴兵制を、などと声高に叫ぶ人がいたり、「自己責任」という言葉が誰かを責めたりする時代であったのだけれど。

この人の、自省的な、それでいて前向きな、静かな筆致には、助けられることもある。どこへ行くのだろう、と不思議に思うこともある。そして、この本について言えば、心を鎮めてくれる効果があったかもしれない。とふと思う。

愛犬の襲ったボルゾイと戦った話は、珍しく戦闘的で、おお、この人にもこんな側面が、と笑ったのだけれどね。

そうそう。小学校時代、毎日たくさんの本を借りて読んでいた筆者は、ある時、司書に「借りた本は読んでから返しましょうね」と言われたという。そのとき、彼女は誤解を解くために、返そうとしていたその本のストーリーを最初から最後まで滔々と説明し尽くしたという。それ以降司書には何も言われなくなったそうだ。

私も中学時代、図書室に通って、本を毎日一、二冊ずつ借り換えていたものだった。図書カードがすぐに一杯になって、何枚も何枚も重ねなければならなかったのだけれど、同じクラスの男子が、同じように毎日本を借りて、分厚い図書カードを作っていた。あるとき、ひょんなきっかけで、彼が毎日借りた本を実は読まずに返していると知って、「え?読んでないの?」と尋ねたら、彼、憮然として「読めるわけ無いじゃん」と答えたのだったっけ。じゃあ、何のために、毎日借りるんだろう・・・とほんとうに不思議に思ったのを覚えている。

読む本がなくなったとき、百科事典は心強い友だった、と筆者は書いていて、ああ、同じだなあ、とつくづく共感した。読むことは、一生の友。その部分では、私はこの人と、とても分かり合えるのかもしれない。

2012/8/31