井田真木子著作選集

井田真木子著作選集

2021年7月24日

43「井田真木子著作選集」井田真木子 里山社

ものすごくハードなものを読んだ、と感じている。とても時間がかかったが、魂を持って行かれたような気すらした。

井田真木子は若いころには詩人だったノンフィクションの書き手である。そして、44歳で急逝している。題材は、女子プロレスだったり、エイズに罹患した同性愛者だったり、中国残留孤児二世だったりする。少数派で、世間に顧みられることの少ない人達を、全身全霊で取材し、渾身の力で書いた。どこか狂気を思わせるほどの入れ込みようであり、読んでいて巻き込まれるような感覚があった。

彼女は「プロレス少女伝説」で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞している。選考委員の一人は「プロレスをやってる女の子なんてメメズみたいなものだ。メメズはどんな切り方をしようとメメズ以外の何物でもない。」と言ったという。また、講談社ノンフィクション賞を受賞した「小蓮の恋人」も、「オーディナリー・ピープルなんてノンフィクションの対象にはなりえない」と言われたという。井田真木子は、そういう取るに足らないとされる人々を題材に選び、彼らの人生に近づき、入り込み、内側から彼らの目となって社会を見、血を流し、感じ取って表現した。

このエネルギーはどこから来るのだろう、そしてどこへ行くのだろう、この人はなぜこんなに生き急いでいるのだろう・・・と、例えば在りし日の勘三郎に感じたような危ういまでの情熱を、この人からも感じる。自分の限界を忘れ果てたような、自分に肉体があることを顧みないような仕事ぶり。何がこの人を突き動かしていたのだろう、と改めて知りたくなる。

私よりは少々年上だった彼女は、私と同じように転校ばかりの子ども時代を送り、高校からは一人暮らしをしている。お嬢様学校と言われる学校にいたところを見ると放棄された子どもであったとは思えないし、父親について愛情込めたエッセイがあるところを見ると、親子関係もそう問題があったとも思えない。一時結婚していたことがあると神取忍が述べているが、経歴にはそれは載せられていない。飲み始めると恐ろしく飲む人だったと関川夏央が述懐している。

どんな生涯だったのか。家族に、友人に、愛した人に、彼女はどんなふうに関わったのか。何を思い、何を願ったのか。知る手がかりは、ほんとうに少ない。

彼女の書くものは単なるライターの域を超えているとしか私には思えない。書くことでしか生き続けられないような切実感。命を削ってでも書き通すという強い意思。およそライターというライターは、彼女の書くものを読んで、頭を垂れずにはおられないのではないか、あるいは逆に強く反発するしかないのではないか、とすら思える。

女子プロレスなんて一度たりとも見たことがなかった。が、見たいと思った。同性愛者について、なぜだろうと思っていたことがあった。その秘密が、説得力を持って明らかになった。その人の内部に、切実さを持って入り込まない限りわからないだろうことが、血肉を伴って描かれていた。それに私は揺さぶられた。

ナンシー関が急逝したことと同じように、私は井田真木子の死を悼む。と同時に、彼女はそうなることを知っていたのかもしれない、あるいは、どうなっても仕方ないと諦念を持っていたのかもしれないとも思う。残された作品の一つ一つが、まるで遺書のような迫力を持って読者に迫ってくる。

彼女の著作が何処かに埋もれていかないことを、私は願う。もっと、読みたい。

2015/7/9