鴎外の恋人

鴎外の恋人

2021年7月24日

50 「鴎外の恋人 百二十年後の真実」 今野勉 NHK出版

「舞姫」って、なんてひどい話なんだ、と私は思っていた。ドイツで愛し合っていたはずの恋人が、はるばる海を越えて追ってきてくれたのに、お金渡して返しちゃうなんて。その時代、遠い海の果てから、日本に来るなんて、どんなにたいへんだっただろう、どんなに勇気が必要だっただろう。その女性の気持ちを思うと、胸がふさがる。鴎外って、なんてひどい奴なんだ。と、ずっと思っていた。

鴎外の遺品の中にあったモノグラムの型金。ドイツでは、恋人同士が永遠の愛を誓うのに、ハンカチにモノグラムを刺繍して贈るという。残された型金は、手作りで、幸せな図柄に満ちたものだった。そして、鴎外は、金糸で縫い取りされたハンカチを恋人からもらっていた、という証言も残っている。その型金から、鴎外の恋人探しが始まる。

NHKで放送されたドキュュメンタリー番組の底本が、これらしい。モノグラムを手がかりに、探していくと、意外な事実が次々とわかっていく。

鴎外は、恋人と結婚するつもりであった。家族を説得し、軍を辞めてでも、家庭を築く決意だった。そして、相手の女性は、貧しい踊り子などではなく、裕福な家庭のまだ年若い少女であった。鴎外は、彼女を生涯忘れることはなく、彼の子どもたちの名前の中に、実は彼女の名前が潜められていた・・・。

事実かどうかは、今となってはわからないが、この本を読むにしたがって、私は、「鴎外、許すぞ、疑ってごめん」と思うのである。彼は、恋をして、約束をして、それを果たせなかった。そのことに、生涯、苦しんで生きていった。そう思えてきたのだ。

森茉莉を読むと、パッパがどんなにすばらしい男性だったか、書いてある。優しくて人格者で、優れた人間性。だけど、こいつ、ドイツの恋人を冷酷に追い返したんだぜ、といつも思ってきたけれど、そうか、そうだったのだとしたら、つじつまも合う。

この本は、「本の雑誌」の紹介で読んだのだけど、これとは別に、もう一冊、鴎外の恋についての本があって、そっちはまた、別の説が書かれているそうだ。それがまだ入手できていないので、ぜひとも比べて読んでみたいと思っている。

それにしても。まあ、いいんだけど。鴎外の恋人が誰だったのか、どんな人だったのか、知ることは文学的に、いかほどの意味があるのだろう。それって、ワイドショー的な好奇心と、どこが違うんだろう。とも、思う私である。

2011/6/7