ナニカアル

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2021年7月24日

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「ナニカアル」桐野夏生 新潮文庫

島清恋愛文学賞、読売文学賞受賞作だって。全然知らなかった。ただただ、表紙の不気味なカエルに惹かれて手にとった本である。

林芙美子が書いた手記、という形をとった桐野夏生の小説。すごい設定だ。桐野夏生、やるなあ。いかにも林芙美子が書いたみたいな文体なので、感心してしまった。

林芙美子は不当に蔑まれるところのある気の毒な作家だ。そう扱われたってかまやしない、とそっぽ向くような姿勢を本人も取っているけれど。以前、「巴里の恋と石の花」にも書いたが、林芙美子に対しては、何人かの作家の下衆の勘繰りが盛んに行われる一方で、太田治子みたいに温かい目を向ける人もいる。桐野夏生も、林芙美子を等身大に、そのまんま、きちんと受け止めたい、という気持ちで書いているように感じる。良いとか悪いとかじゃなくて、一人の人間としてまるごとどっしり受け止める感じが素晴らしい。

「石の花」を読んだときにも思ったが、林芙美子は、誰かに愛されたいという気持ちをいつも抱えてきてきたのだろうなあと思う。そういう自分をそのままごまかさずに生きた人だ。桐野夏生は、そんな林芙美子を、この本で非常に大胆なフィクションに落とし込んでいる。なるほど、そんな設定もできるかあ、と頷いてしまった。関係者がみんな死んじゃってるから描けたってのはあるだろうけれど。

だから、この本は実話じゃなくてフィクションなのだけれど、林芙美子、そう考えていたのか、とか、そうか、そこが林芙美子だよなあ、などと、もう、リアルに思ってしまう。本当の話みたいなのよ。そう思えちゃうのよ。生き生きして、決然としている彼女が、そこにいるみたいに思えてくる。

もっと長生きしたかっただろうなあ、林芙美子。もっとたくさん書いて、もっと嫌われてもいいから、堂々と生きてほしかった、書いてほしかった。改めてそう思う本であった。

2018/8/7