酒を食べる

酒を食べる

10 砂野唯 昭和堂

副題は「エチオピア・デラシャを事例として」。

いやはや、てこずった。実に興味深い内容なのだが、そもそもが修士論文をもとにした本なので、細かいデータや数字、見慣れぬエチオピア語などが多用されており、読み進めるのに苦労した。旅行の途中で本不足に陥って夫から拝借した本なのだが、帰宅後もずっとちびちびと読み進めてかなり時間がかかってしまった。

例の問題芸人がMCを務めていた「クレイジージャーニー」で高野秀行が酒が主食という食文化を持つ民族を訪れていた回を見た。高野が訪れたのはコンソ。本書で主に扱われているのはデラシャ。その居住地は隣接しており、食文化も似通っている。テレビでは、幸せそうに一日中酒を飲み続けている高野が写っていたが、本書の砂野氏はデラシャにフィールドワークに行き、相当苦労した模様である。デラシャでは摂取する食物はパルショータと呼ばれるモロコシ(コーリャン)から作った酒のみである。ごくまれに固形物も口にするが、主に子どもたちが食べ、大人はもっぱらパルショータである。少量の水で希釈してアルコール度は3%以下、ライトビール程度のものを一日に5キロ近く飲む。喉が渇いたな、と思ったらパルショータ、お腹が空いたな、と思ったらパルショータ、一休みしようと思ったらパルショータ。

決まった時間に固形物を食べるという習慣の出来ている人間がデラシャで暮らすと相当つらい。まず、そんなに飲めない。そして他に食べるものがない。必要な栄養素が取れない。著者はホームステイを始めてしばらくして体調も精神状態もおかしくなり、街の病院にかかったら栄養失調であった。肉やパン、野菜などをしっかり食べたらすぐに治ったという。ダイエットが出来たのは嬉しかったが、これはつらかった、と書いてある。いや、そこ、ダイエットじゃないでしょ、と突っ込みたい。

だが、デラシャの人々は、パルショータを飲み続けることで、ほぼ必要な栄養素が摂取できている。しかも、彼らは噛むという習慣があまりないため、ごくたまに固形物を食べる機会があると「おいしい」と喜びはするものの、すぐに疲れてしまい、多くは食べられないという。「もうお腹いっぱい」と肉などを残しながら、こっそりパルショータを飲んでいるのを発見した著者がそれを責めると「パルショータは別腹」と言ったという。(亡き義母が、ラーメンやピザをそれほど好まず、それらを食べた後にこっそりお茶漬けを食べていたことを私は思い出した。食習慣ってそういうものだ。)

幼い子供は乳酸発酵をしていないカララという飲み物を飲むが、調査によると二歳児と四歳児はすでにパルショータを飲み始めていたという。初めは水で5~7倍に希釈したパルショータをコップに一杯ほどしか飲めないし、中には泣いて嫌がる子どももいるという。「パルショータを飲まないと大きくなれないよ。ちょっとでもいいから飲みなさい」と大人たちは言い聞かせるという。なんか不思議。だが、それが食文化というものだろう。

パルショータの原料であるモロコシの貯蔵方法も非常に興味深い。モロコシは、通常、カビや湿気にやられて長くは貯蔵できないものであるが、ポロタというフラスコ状の地下貯蔵穴で二十年近くも保存が可能だという。特殊な土壌と保存方法により、貯蔵庫内は低酸素状態が保たれる。このポロタをもつことは、主食であるパルショータを確保するためにとても重要であり、独立した男子の証しともなる。しかし、特殊な土壌条件が必要なため、ポロタに適した場所は限られている。そのため、なんと地表と地下とでは土地所有制度が異なっており、他人の所有地内に別の人間がポロタを持てるという。

たとえ部族間抗争があって、居住建物に火をつけられ、財産をすべて失ってしまっても、ポロタは残る。地下に掘られた穴は表面からはわからないので盗まれることも無い。彼らはそうやって食物を確保し、身の安全を保ってきたのである。

世界には、思いもよらない文化風習がある。それは、自分の持つ文化や習慣でジャッジできるものではない。彼らから見たら、毎日せっせと固形物を噛み続ける我々のほうがご苦労様で変な食習慣なのかもしれない。なんとも興味深い本であった。読むのはちょっと苦労したけどね。