ことり

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2021年7月24日

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「ことり」小川洋子 朝日新聞出版

 

2012年に出された本。小川洋子が、例によって「普通ではない人」を丁寧に描き出している。今回は、自分だけの独自の言語をしゃべる兄を持った「ことりの小父さん」のお話。兄の言語を理解できるのは、ことりの小父さんだけだったのだけれど、両親が亡くなり、兄も早くに亡くなり、孤独の中でことりの小父さんは生きていく。幼稚園の鳥小屋の世話をすることだけを生きがいに。
 
ほんの僅かな人にしか理解できない、でも本当はとても美しく意味ある人生を、小川洋子はいつもいろいろな形で繊細に描き出す。その世界は静かで穏やかだ。登場人物は、たいてい、騒がしくて刺激的な場所に対しては、ほんの少し怯えてもいる。
 
今回の物語の中でも、ことりの小父さんと兄は何度も旅行を企てるが、行き先を十分に研究しつくし、資料を作り、地図を吟味し、あらゆる必要なものを考え、準備してカバンに詰め込み、庭に出たところですべてが終わる。本当に出かけることはないけれど、それはとてもわくわくする、十分満足する「旅」なのだ。旅に出る前に、予習を重ね、地図を読み、まるでもう行ってしまったような気分になって、一段落してしまう私には、ちょっとその気持ちがわかる。私の場合は、実際にも旅に出るんだけれどね。
 
ことりの小父さんの職場である庭園で食べる高級チョコレートが美味しそうだった。思わずチョコレートを買ってきちゃったわよ。
 
こんな風に、誰にも知られず、ひっそりと美しい人生を送っている人が、世の中にはいて、世間じゃ変人で通っていたりするものだ、とも思う。小川洋子のワールドは奥深く、不思議だ。

2018/4/18