ねみみにみみず

ねみみにみみず

2021年11月11日

96 東江一樹 著  越前敏弥 編  作品社

ミステリからノンフィクションまで幅広いジャンルにわたって二百冊以上の訳書を世に送り出し、2014年に62歳で早逝した 東江一樹(あがりえかずき)のエッセイや訳書あとがき、さらには年賀状の文面までを、弟子である越前敏弥が集めた本。

ワーカホリックというか、あらゆる仕事を請け負って「七か月で六冊訳し終える予定がまだ三冊残っていて刑期の延長を重ねつつ、余罪を追及される」などという状態を保持しながら、翻訳家の育成のため多くの弟子も教えていた作者である。だから早死にしたのかなあ。62才だなんて、私もあともうちょっとだわ・・・。

表題は著者の口癖であったというが、章題も「執筆は父としてはかどらず」「冬来たりなば春唐辛子」「待て馬鹿色の日和あり」など、駄洒落にあふれており、どんな時でも洒落とユーモアを忘れなかったお人柄がしのばれる。本に対する圧倒的な情熱と知識なしに翻訳家なんて目指すような不心得者を見ると「顔を洗って出直してきなさい」と怒鳴りつけたくなると書きつつ、「えー、原稿の途中ですが、わたし、急に顔を洗いたくなったのでここで中座させていただきます。」と続くである。

「デイヴ・バリーの40歳になったら」訳者あとがきは三頁三十七行句点なしのワンセンテンスで書かれている傑作である。この本を見つけたら、本文はともかく、訳者あとがきだけは一読をお勧めしたいくらいだ。

翻訳書を読むと、つい作者にばかり目が行きがちだが、翻訳者なしに私たちはその本を読めなかったわけだ。翻訳がどんなに大事か、そして愛のある翻訳家に出会える本がどんなにありがたいかをを改めて思い出す一冊であった。