アイルランド・ストーリーズ

アイルランド・ストーリーズ

2021年7月24日

「アイルランド・ストーリーズ」ウィリアム・トレヴァー 国書刊行会

アイルランドについて、私は殆ど何も知らない。
とはいえ、IRAという単語くらいは知っている。
旧教と新教が激しく戦って、内戦があったこと。
イギリスとの関係がかなり複雑らしいこと。
その程度しか知らない。
後は、ギネスがうまいぞとか、ウィスキーもなかなかだぞとか。
そんなアルコール関連助情報なら、持っているけれど。

という程度の私が読むアイルランド・ストーリーは、苦くて、胸打つ物語だった。
12の短編が収められているのだが、どれもが、アイルランドの苦い歴史を背景に持っている。
何も知らずに読んだ私に、12の短編が、じわじわとアイルランドの悲しみを教えてくれた。
けれど、同時に、そこには、信じようという希望も、理解し合おうという勇気も、ちゃんとあったのだ。

「アトラクタ」という小品は、老いた小学校教師が、自身の生涯を振り返り、子どもたちに未来への希望を語ろうとする話だ。
両親を内紛の誤射で失った主人公が、その後の人生を多くの人達の好意の中で過ごした、その日々が豊かに描かれる。
憎みあい、許せない者同士もまた、それぞれに温かい人間性の持ち主であった。
ただ、それだけのことが、なんと心にしみることか。

ほんの少しのボタンの掛け違いが、広がって広がって、大きな諍いとなるけれど、それでも人は、温かく優しく美しいものを持っている。
それを、どうやって、分かり合っていけばいいのか?
そんなことを、考えてしまう作品集だった。

2011/3/5