モルテンおいしいです

モルテンおいしいです

2021年7月24日

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「モルテンおいしいです」田辺青蛙 廣済堂出版

「読書で離婚を考えた。」の田辺青蛙である。あの本で、珍妙な夫婦だとつくづく思ったが、この本はあの本よりに先んじて書かれた夫婦の日常であった。日常といっても、二人でシカゴに行ってまずワールドコンというSFイベントに参加して、それから大陸横断鉄道に50時間乗ってサンフランシスコに行き、そこで三ヶ月ほど暮らした記録である。「読書で離婚」では、夫である円城塔の頭でっかちさと田辺青蛙のワイルドさに感心したが、この本でもそれは非常に顕著であった。と共に、円城塔さんて、田辺青蛙が好きなんだんなあと改めて思った。

題名の「モルテンおいしいです」は夫である円城塔が決定した。モルテンとは、「ニルスのふしぎな旅」に出てくる主人公の相棒のガチョウである。モルテンはニルスを背中に乗せて空を飛んで旅をする。が、なんとニルスは空腹に負けてモルテンを食べてしまい、今後の交通手段を失ったことに気づいて愕然としつつも、今は食べている現状に満足していった言葉である、という設定で、行き当たりばったり感がものすごく出ている・・・というのだが。

まあ、そんな感じでまさしく行き当たりばったりの旅である。私はアメリカに行きたいと全然思わないのだが、アメリカって、こういうところだろうな、という感じはわりに面白かった。

例えば、サンフランシスコに滞在していると、ナパ・ヴァレーというワインの産地を「あそこは天国だ。サンフランシスコに来たらナパに行かなくちゃ」とやたら勧められる。ナパに行けばワイナリーだらけで、あちこち試飲して回れるんだそうだ。だが、公共の交通機関なんて全然ない。みんな車で行くわけで、ということは酔っ払い運転だらけなわけで。ある時、警察がそれを厳しく取り締まったら観光客が減って、ナパの収入が落ちた。だから、いまじゃ誰も見て見ぬふりをするんだそうで。実際、彼らが(ハイヤーで)行ったときも、行く道で交通事故に遭遇している。まあ、でも、確かにナパ・ヴァレーは天国だったようだ。そこに行って以来、円城塔はワインにハマってしまったようだし、しかも、そこで結婚式をあげようなんて提案して(入籍しかしていなかったらしい)実行しちゃったのだから、結構なことだ。

全然関係ないけど、うちでも前にお花見の季節に勝沼ぶどうの郷からワイナリーを巡るツアーに参加したことがある。幾つかのワイナリーを巡って試飲もして、最後についたワイナリーでバーベキューを楽しんだ。あれは今思い出しても天国だった。バーベキュー後、駅まで車に乗る手もあったのだが、ぶどう畑の中をふらふら歩いて帰りたくなって、二人で歩きだしたら道に迷ってしまった。晴れた空の下、どこまでも続くぶどう畑の中をひたすら歩いていくのは、どんどん疲れていくというのに、なんだか楽しくて夢みたいで、このままずっと歩いていてもいいなーなんて思ってしまった。実際には、とあるワイナリーに到着した時点で音を上げて、タクシーを呼ぶ羽目になったんだけどね。

そんなことも思い出したせいか、なかなか楽しい本であった。だからって田辺青蛙の小説をもっとみたいとは思わないんだけどね。だって、怪談とか、妖怪とか、私の苦手な分野の人らしいのだもの。

2017/11/23