ラストデイズ忌野清志郎

ラストデイズ忌野清志郎

2021年7月24日

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「ラストデイズ忌野清志郎 太田光とめぐるCOVERSの日々」

NHK「ラストデイズ」取材班 PARCO出版

 

1999年の冬、太田光は忌野清志郎に呼び出された。太田が雑誌に書いた発言が気に入らないので話がしたいと言われたのだ。太田は、選挙になんて行かなくたって、我々の普段の生活に何の変わりもない、というようなことを書いていた。太田を呼び出した清志郎は、君みたいな人がそんなことを言っていたら、そのうち君の息子が徴兵されて戦争に行っちゃうんだぜ、と言った。太田は、政治家がやってることなんかより清志郎の「トランジスタ・ラジオ」一曲の影響力のほうがずっとすごいんです、と反論した。怒られる、喧嘩になる、と緊張していた太田に対して、清志郎はにっこり笑って「その通り」なんて言って、対談は終わった。でも、それ以来、太田は一度も投票をサボったことがない、という。なんたって清志郎に言われたんだから。
 
「トランジスタ・ラジオ」や「雨上がりの夜空に」などで広い言葉の幅を持ち、深い詩の世界を描いていた清志郎が、「COVERS」以来、急に直接的な政治的発言をするようになった。そのことに太田は違和感を感じていた。自分自身がストレートな時事ネタを笑いにするというスタイルを持っているくせに、彼は、比喩表現をし、オブラートに包み、深く幅の広い表現をする清志郎の歌が好きだったのだ。なぜ、あの時、大転換があったのか、どう生きていこうと彼は思ったのか。それを探ることは、太田光自身が、これからどんなふうに生きていくのか、表現していくのか、という問題とからみ合っていた。
 
この本は、NHKで、太田光が忌野清志郎の身近な人々と会い、話をしながらそれを探っていく番組を作った時の記録である。番組そのものは50分程度にまとめられている。その番組も、見た。とてもコンパクトにまとめられていた。いろいろなものが削り落とされてもいて、だからこそ、なぜこの本を作らねばならなかったかも、逆にわかってしまった。清志郎を巡る人々との会話は、優しく美しく愛にあふれたものであり、それを通して清志郎という人物はもちろんのこと、太田光という人間のあり方までも照らしだすものがあった。
 
チャボが、年取った清志郎と話がしたかった、と言いながらも、最近はそう思うのをやめて、清志郎は58年の人生を生きた、それを全うしたんだと思うことにしている、と言っていた。そう思うしかない、そう思いたい。でも、今、清志郎なら何を歌っただろうか、と思わずにはいられない。私は、清志郎の歌が、聞きたかった。

2015/10/26