小箱

小箱

2021年7月24日

「小箱」小川洋子 朝日新聞出版

一瞬だけ開いた図書館が、また閉まってしまった。そんなこともあろうかと十冊以上は集めておいたが。元気が出ないので、なかなか読めない。などといいつつ、やっぱり本は減っていくのである。

「小箱」の主人公の女性は、元幼稚園に住んでいる。思いを伝える言葉がすべて歌になってしまうバリトンさんに届く恋人の手紙は、どんどん文字が小さくなって、今や判読不可能である。その文字を解読して朗読して聞かせるのが、主人公の仕事である。

町で行われる「音楽会」は、皆が耳に小さな楽器をぶら下げて集まる。亡くなった子供の髪の毛が玄として張られたその楽器が、吹く風によってたてるかすかな音を聞くために集まるのだ。

亡くなった子供の魂は、元幼稚園の講堂に置かれた小さな箱の中で成長する。その子の誕生日が、入学式や結婚式が、静かに祝われもする。

小川洋子の物語は、その設定のすべてが変である。変でありながら、これ以上にぴったりとは来ないだろうと思うほどに、ぴったりと世界に寄り添って、なんの違和感もない。

全ての出来事が、亡くなった魂のためにおこる物語である。だからといって「悲しみ」が直截的に語られることはない。人々は、おこる出来事を静かに受け止め、その中で自分にできることを静かに行い続ける。それは、美しいと言ってもいいほどである。

子を亡くすという悲劇を私は知らない。そんなことに出会ったら、どうなってしまうか想像もできないし、したくもない。そんな深く取り返しのつかない悲しみを、こんな形で切り取って描き出すことに、私は感嘆する。その悲しみの中で生きるということを、奇妙な取り決めの中で描く、作者の「変」さ度合いに、ただただ感動するしか無い。無気味で残酷なことが、静かで美しい世界に変えられて、悲しみは、生きる力になっていく。

2020/4/11